―日の出に祈るものー
―日の出に祈るものー
元旦の夜明け前、静かに揺らめく海の上。
黒く蠢く海を時折小さく輝かせるのは、天の星たちの微かな光であろうか。
静かな世界を奏でる音は、穏かな波の音楽であった。
「政宗、寒くねぇか」
元親の声が言う。
「ああ、大丈夫だ」
政宗の声が答える。
「しかし、まさかここで見るとは思わなかったぜ」
元親が呆れたようにそう言った。
「A~N?どこで見ると思ってたんだ?」
呆れるような元親の声に、別に構いもしないような声で政宗がそう言った。
政宗と元親、共に一国を背負う者が今ただ二人きり、海の上の小さな小船で穏かな波に揺られていた。
「は~っくしょん!」
「HEY、てめえが寒いのか?」
目の前で元親が大きなクシャミをすると、政宗はそう言って顔を元親に近づけた。
「あ、危ねぇ政宗、ゆっくり動けって」
元親が思わずそう言う。
二人が波に揺られている船は手漕ぎの小船であった。
海の上に似合わぬ小さな小船、二人が均等に乗っているぶんにはかまわないのだが、急にどちらかがそれを崩すと小さな動きにも船が大きく揺れてしまうのだ。
「まったく、日の出が見たいって言うから付いて来てみりゃぁよぉ、海の上から見たいとは思わなかったぜ」
「A~、初日の出っていったらやっぱり海だろ!今年最初の日の出だぜ、誰よりも早く一番前で見たいじゃねえか」
政宗がさも当たり前のようにそう言ってニヤリと顔を歪める。
元親はそんな政宗を今更ながらにそういう性格であったと思いながら笑い返した。
今ここにいるのは政宗と元親ただ二人だけ。
本当であればこの周りに誰か共の者が居るはずであるのだが、今この小さな小船に二人がいる意外は海の上には誰もいなかった。
「やっぱりよぅ、二人だけってのは不味かったんじゃねぇかぁ」
元親が政宗にそう言う。
「HA?そうか?」
政宗は別に気にしたふうもなくあっけらかんと答える。
元親はその言葉を聞きながらことの成り行きを思い返していた。
昨晩大晦日に年越しで賑わった後、それぞれが寝りに付き元親も新年を祝いながら床に入った。
酒も入っていた元親は直ぐに眠りに入ったと思う、暫く深く眠っていたのだがまだ空が夜の表情の早朝、政宗に静かに揺すり起こされた。
元親の寝ぼけた耳に、『HEY、日の出を見に行くぜ』と言う政宗の言葉が聞こえ、元親は半分眠った声で『分かった』と答えたように思う。
そして、殆ど思考の止まったままであった頭が覚醒した時には、政宗の乗る馬に付いて自分も馬に乗っているときであった。
普段ならば小十郎や共の者が付いているのだが、今回はその時から政宗と元親だけであったため、元親は屋敷の裏山辺りからでも見るのであろうとばかり思っていた。
だが、何も言わず付いて行く馬は段々と山から遠ざかり海の方へと向かっていく。
途中これは不味いか?と思いはしたものの、前を行く政宗の有無を言わせぬその進みは、元親に諦めと楽しみを同時に感じさせ、何も言わず付いてゆくことを覚悟させたのであった。
「は~~~~~っくしょぃ!!」
「HEY、元親大丈夫か?寒いならこっちに来いよ」
政宗がそう言って元親に手を差し出す。
「あぁ、だがよぅ船が傾くといけねぇからよ」
元親はそう言うと自分の首に巻いている防寒用の布を肩まで広げ政宗に笑ってみせる。
「てめえと一緒なら別に沈んでも構わねえぞ」
不敵な表情でそう笑う政宗の顔は冗談なのか本気なのか分からない。
元親はそんな政宗に少しだけ困ったように言った。
「冗談言うんじゃねぇぜ、ここでおめえと沈んだら右目の兄さんだけじゃねぇ、奥州の民皆から恨まれちまわぁ」
すると政宗は、不敵な笑みの表情のまま元親に言った。
「だったらよ元親、手だけでも貸せよ」
政宗は差し出したまま宙に留めていた手を改めるようにもう一度差し出す。
元親はそんな政宗の目を確認するように覗き込んだ。
政宗の表情はさっきと同じであるが、元親の覗き込んだ視線を捉えると真直ぐと射抜くように見つめてくる。
元親は政宗のその視線に促がされるように手を差し出した。
「!」
政宗の手が元親の手を捉えた。
元親の指先と政宗の指先が触れるか触れないかの辺りに来たとき、政宗の手が元親の手を握ったのだ。
「そっちに引っ張んなよぉ」
元親は最初に釘を刺すかのようにそう言う。
政宗はそんな元親の言葉にニヤリと表情で反しながら、元親の手を握る手に力を入れる。政宗の手は冬の空気に冷やされて冷たかったが、元親の手を握るその芯はとても暖かいと元親は思った。
「元親、もう直ぐ日が昇るぜ」
政宗はそう言いながら握っていた手を一旦離すと、元親の手の平に自分の手の平を合わせ指と指を組むように元親の手を握りなおした。
「HEY、元親、もう直ぐ今年の一番最初の日が昇る」
政宗はそう言うと握り合った手に力を込める。
「あぁ、そうだなぁ」
元親も政宗の手を強く握りかえす。
互いに組み合った手を力強く握りながら、互いに一つしかない目を合わせ、互いに表情に笑みを浮かべる。
互いに向き合う相手の中に己があること感じあうと、二人は海と空が重なる水平線に視線を移した。
少しずつ明るくなる世界に一筋の閃光が横に走る。
最初は筋で会った光が膨らむように広がりだすと、まるで燃える様な光が現れ大きな球体を作りながらゆっくりと空に上り始めた。
「綺麗だなぁ」
「AA,最高にBEAUTIFULだ」
目の前の燃えるような初日の出。政宗と元親はその初日の出を前に、握り合った手の幸せが続くようにと、互いに心の中で祈るのであった。
「はぁ~、帰ったら右目の兄さんに大目玉を喰らうんだろうなぁ」
日がすっかり昇ると、辺りの海は明るく穏かにその姿を現した。
政宗と元親は小船の上で日の出の余韻を残しつつも、現実に引き戻されるように今の状況を認識した。
「あぁ~正月早々、右目の兄さんの小言を喰らうのかぁ」
元親がウンザリする様な表情でそう言う。
すると政宗はことの原因を作っておきながらしゃあしゃあとこう言った。
「HAHAHA、いいじゃねえか、一年の最初に小十郎に怒られたらよ、後は良いことしか起こらねえんだぜ」
「あぁ?本当かぁ」
「AA、本当だ、俺はよ新年早々怒られた年にてめえと出会ったんだからよ」
「なんだぁ~そりゃぁ~」
「HAHAHAHAHA」
おしまい
作品名:―日の出に祈るものー 作家名:いちご 松林檎