Birth
気が付けば暗闇の中に居て、ぼんやりと光る何かを見つめていた。
否、誰かを見つめていた。白い顔と黒い髪のその人物を。
それを意識したのは己が目覚め、隣りに横たわるその姿を認識した時。
最初に飛び込んで来たのは暗闇の中で見た白い顔と黒い髪の人物ではなく、同じ黒い髪でも全く違う顔の、眼鏡を掛けて白い衣服を着た青年。
「やあ目が覚めた? 僕の事は解るかな?」
その白衣の青年に話し掛けられ、目覚めた彼は機械的に答える。
『…キシタニシンラ。職業は闇医者』
「闇は余計だけどまあ正解。君の名前はまだ付けてないから解らないだろうけど、でも自分が誰を核にして作られたかは解るね?」
『核は…ヘイワジマシズオ』
そう言うと闇医者と言われた青年はにっこりと微笑んだ。
「正解。じゃあその機械的な喋り方をもっと滑らかに変えてみようか。さ、僕の名前と君の元の親でもある彼の名前をもう一回言ってみて」
言われるまま、目覚めた彼は喋り方を変える。
「闇医者の岸谷新羅、俺の核は平和島静雄」
すらすらと出て来た言葉に青年=岸谷新羅は両手を合わせて喜んだ。
「そうそう! それでオッケー! よく出来ました。じゃあ君の名前を教えてあげるね。君の名前は『津軽島静雄』。ま、面倒だから津軽でいいや。その方が呼び分けも出来るしいいね」
『…ツガル…』
「津軽、だよ。まだ慣れないかもしれないけど、君の頭の中のAIが学習していくから問題ないよ。動けるなら起きてみて」
津軽と呼ばれた彼は新羅の言葉に従い、ゆっくりと身を起こした。横になっている時は気が付かなかったが、どうやら自分は変わった衣服を着ているようだ。平和島静雄の着ている服とはだいぶ違う。決定的なのは静雄が穿いているようなズボンを穿いていない事だ。
「…これは? どういう服だ?」
「ああ着流しって言ったらいいかなあ、ちょっと違うけど。着物だよ着物。日本の伝統的な服。民族服だね。ま、今こういうのを着てる日本人って少ないけどね。だからこそ君に着せたんだ。うん、意外とっていうかかなり似合うね! さすが静雄の核だけあって見映えする♪」
楽しそうに言う新羅を少し首を傾げて見た時、不意にそれが視界に入った。
今まで気づかなかったが、自分の隣りのベッドにもう一人横たわっていたのだ。
その視線に新羅も気づいたのだろう。ちらりと自分の後ろを振り返りながらにっこりと笑みを浮かべて説明をする。
「ああ、この子は折原臨也が核になってる子だよ。臨也の事も解るよね?」
「…静雄の…」
「そうそう。君にもね、必要だと思うから。でも君と静雄が違うようにこの子も臨也とは違うよ。名前はサイケデリック臨也。長いからサイケでいいよ。その方が呼びやすいでしょ。もうすぐ目覚めると思うけど、…うーん、なんか遅いね。眠っちゃってるのかな。まあいいや。そのうち目覚めると思うよ」
新羅の言葉を頭に記憶しながら、津軽はそっとサイケの横たわるベッドの隣りに立った。
白い顔と黒い髪。暗闇の中で、と言うより目覚める前に見ていたのはサイケだった。自分は彼を、サイケを知っている。それは自分が静雄の核から作られたせいもあるのだろうが、津軽は横たわるサイケの事をもう好きだと自覚していた。
白い顔の横にある耳の位置には白とショッキングピンクのヘッドホンが付いている。着ている衣服は津軽のものとは全く真逆のもの。
津軽の着ているのが白に青い波を基調とした着物に対し、サイケの着ているのは全身が白い布で出来たコートとズボン。ポイントにショッキングピンクが使われているのも対照的だ。ファー付きのコートは臨也の好む服装でもあるが、そちらが黒なのに対しサイケは白だ。
それだけで雰囲気から違うのも解る。
まだ目覚めていないと言うのに。
じっと立ち尽くす津軽に見かねた新羅が声を掛けたのはそれから数分後。
「椅子に座ってたら? そこにぬぼーっと立ってられてもねえ。サイケだってびっくりするかもよ。目覚めた時にちょうどいい場所に顔があった方がいいしさ」
それはもっともだと津軽は新羅の言葉に従った。
そうして横たわるサイケを津軽は青い瞳で見つめる。愛おしそうに本当に愛おしそうに。
目覚める前から恋をしていた相手が今目の前にいる。早く目覚めて自分の名を呼んで欲しい。
そう思いながら。
サイケが目覚めたのはそれから数日後。