二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

奇跡について

INDEX|1ページ/1ページ|

 
 生まれた頃の記憶はあやふやだった。

 そもそも一番はじめに顔を見たのが、父であったか母であったかも、明確じゃない。もしかしたら、自分が初めて外界を認識したとき、目に映ったそれは、霊のたぐいだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。やはりその点は曖昧だった。
 とにかく、人ではないものを認識するのに、時間はいらなかった。生まれた時からそんな調子だったせいで、霊を見ることに面倒さは感じても鬱陶しさは感じなくなっていた。それは諦めだった。
 人間は諦めが肝心だと、気付いてしまったのが小学六年生のとき。つまらない、可愛げのない子供だっただろう。しかし誰もそれを咎めはしなかったから、それでいいんだ、と、まるで簡単に、俺は全部を諦められた。
 司馬麗二という名前は嫌いじゃない。字面が綺麗であることは自負していたし、収まりもよかった。援助交際という名の小遣い稼ぎで「レイジ」とそのままの名前を使っても、偽名だと、皆都合よく勘違いしてくれたのが一番の理由だ。
 容姿と名前は同じぐらい褒められて、汚らしいオジさんたちの汚らしいものを扱う手つきはそれ以上に褒められた。
「これで一回に付き二十万ならお安い御用じゃん。霊はあんなに複雑なのに、その前身であるはずの人間がこんなに簡単でいいの? ――ま、どうでもいいんだけど」


 心という概念が本当に存在し、それが生命維持やアイデンティティと直結しているならば、半ば死んでいるも同然。この目は人ならざるものを映しながら、日々は安寧を保ち、ぺらり、ぺらりとまためくられる。プライドなんてもの、ありはしなかった。「生きた死体みたい」そんな風に自分を形容してやってもいいかな、と思う程度には。
 女にも男にも苦労はせず、チヤホヤされること自体に悪い気はしなかったが、本気ではしゃぐこともない淡々とした生活。平淡な会話。繕う笑顔だけがどんどん本物めいていく。何も変わらないままで、それは人生といえるのだろうか。
 誘いには大抵乗る性格が高じて、非常に自然な流れでモデルになった俺は、二年続けた後に後輩が出来た。
 老舗のモデル事務所ではあったけれど、異例の待遇を受けていた俺に付きたがる人間なんてそうそう居らず、かといってそれに対しなにか思うところもなかったので、後輩という存在が出来たことには暫く、実感が湧かなかった。
 その辺に落ちている糸くずみたいに扱って、それで終わりだろうと、勝手に決め付けていたのだ。
 しかしその男は、明らかに劣悪な態度を示されても怯えるだけで本気で嫌な顔はしなかったし、他人である俺の体調その他を本気で心配して憚らなかった。初めて見る種類の人間。
 ――あっという間に、俺はその男を気に入る。名前は「多摩薫」。家族以外で初めて人間だと認識した男だった。
「レイジ先輩、待ってくださいよ! 荷物多すぎです!」
「お前は黙ってついてくりゃいいんだよ!」
「そんなあ……」
「俺に気に入られただけでも喜べよ、な!」


 一人、認識するだけで、世界は唐突に、そして大幅に変革される。
 視界が徐々に明るくなっていく様は、それまで一切の高揚を知らなかった精神にはいい意味で毒であったし、丁度その時期に出会ってしまった一人の女性には、迷惑以外の何物でもなかっただろう。
 しかし俺には到底、その津波をとめることは出来なかった。不可能だった。
 ありがちな出会いを、たったひとつの運命だと履き違え決めつけ信じ込むことぐらい、なんなくやってのけるような人間に、いつの間にかなっていたのだ。まるで今までそうであったかのように、たった一人の女性のために、愛を謳うことを覚え、犯罪まがいの愛情表現さえ見出した。
 確かにあの頃はあまりにも若くて、若過ぎて、やりすぎを通り越していた部分はあったけれど、十数年生きて初めて"本当に欲しいと思える"なにかを見つけた感動は形容できないほどの至福が見えたらしい。
 文字通り、形振り構わず迫って縋って最後には懇願して、やっとの思いで、傍に居ることを許された。手に入れただとかそういう、傲慢な言葉は一切望んでいない。
 想い人が他にいても、それが例えば俺の父親であっても、今隣にいることを許されたのは自分なのだと、その事実だけが支えであり、その事実があれば生きていける。安い男だと笑われたって構わなかった。
 藤原麗二という名前なんて、いっとう美しいじゃないか。
「キョーコさんキョーコさん」
「なによ……大したことじゃなかったらブッ殺すからね」
「超重要だよ! あのね……キョーコさん大好き!」
「死ねばいいのに」
「そんな顔も好きですっ!」


 娘の初恋の人が父親である自分だ、と知った時、まあそれもそうか、と変に納得したことを覚えている。
 こんなに溺愛されている娘を他に見たことがないし、こんなに溺愛している父親を他に見たことがなかったからだ。そりゃあ、妻である景織子さんとの「愛の結晶」である愛実を愛してやらない理由などどこにもなかったから、こうして傾倒するのも無理はないだろう。
 めぐみは俺から散々甘やかされ、景織子さんからは厳しく育てられた、自由奔放で、我儘で、なん だかんだで友達思いの美しい少女になった。家贔屓であることを承知の上で、世界で一番、誇りに思える娘だ。
 絹のヴェールのようなロングヘアーに手櫛をかければ、そっと身体をよせてなついてくる。喉を鳴らしているようで、目を輝かせて好きだと全身で主張してくる姿は、うん、やっぱり。
「めぐみは子犬だね」
「! パパまでそんなこと言うの!? めぐみは猫だもんにゃんこだもん!」
「いやー絶対わんこだよ」
「そんなことないもん! ヒドイ! レイジキライ!」
「俺はめぐみ大好きー」


 生まれた時から、薫や景織子さんに出会うまで、俺の精神は死んでいた。精神が死んでいるということは、動く身体はただの傀儡である。傀儡に命を吹き込んだのは、人間であり、よっぽど人間らしい霊のたぐいでは、やはりなかった。
 霊はだから人ならぬ存在としてこの世に頓挫してしまうのだろうなあ。悲しい死霊への慈愛を、素直に身に付けたのは、もっとずっと最近のはなし。
 一生掛けて守りたいと思う家族が、永遠に傍にいたいと思う妻と、生涯のたからものである娘と、そして自分で作り上げられているという現実が、ほんのすこし怖くなる瞬間があった。長いながい夢を見ていたのではないか、と、意図も簡単に始まるかもしれない幕切れに、怯える瞬間が。
 それでも俺は捨てられないのだ。恐怖に駆られることになろうと、この幸せを手放すことは出来ず、妻を愛し、娘を愛し、自分を取り巻く世界までもを愛し始めている。
 あの頃簡単に手放した世の中の移ろいや、憂いや、喧騒や焦燥が、今になってこうも愛しく懐かしい。
 玄関からドアノブがまわる音がすれば、そこには何にも代えがたい生きる証明があった。パタパタと急ぎ足で迎えようとする自分のほうがよっぽど犬らしく、口元が思わず緩む。
「……だらしない顔で出迎えないでちょうだいよ」
「だって大好きなんだもん」
「ママばっかりズルイ! めぐは!?」
「大好きに決まってるじゃん!」


 幸せです。心の底から。
作品名:奇跡について 作家名:knm/lily