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そらいろ

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見てしまった、と千歳は自分の間の悪さに辟易した。
今日も今日とてふらふらと気の向くままに運んでいた足先は、珍しく開けっ放しになっている部室の前で止まった。
ドアの横に大量にくくられた部誌が置かれていることから、昼休みを利用して誰か片付けでもしてるのだろう。
ちょうど時間を持て余していたと、さっと扉に近付いたところで足が止まる。柔らかい土に下駄の音が吸い込まれていたのが幸いした。
居たのは、白石だ。予想はついていたからそれはまぁいい。こんな時間にこんなことやるのは彼くらいだろう。
ただ問題なのは、彼が包帯の巻かれた左腕で己の両目を覆っていたからだ。
時折肩を震わせるその仕草は、誰がどう見ても泣いているとしか思えなかった。
すすり泣く声も何も聞こえない。代わりに止むことのないセミの声と、遠くの教室で笑い声が響いた。
このまま見なかったことにして立ち去ろうか。それが一番ベターな方法に思えた。
何より自分は“慰める”という行為が苦手だった。桔平あたりならうまく収めるのだろうが、俺には全く自信がない。いや、する気がない、のか。
足を浮かしかけた瞬間、白石が顔を上げた。どこを見るでもないその表情に、俺はふっと捕らわれた。
白石は、確かに泣いていた。だがその視線は、およそ泣いているとは思えないほど鋭かった。
言うならば、試合中に見せるそれに似ている。隙のないテニスで相手を完膚なきまでに追い詰める、寸分の狂いも許さない彼が時折みせるそれ。
何故だろうか。泣くときくらい、もっと。
気が付けば、足先はドアの敷居を越えていた。固く舗装された床に下駄が擦れてコロンと鳴る。
音に気付いて、弾かれたように白石が振り返った。濡れた瞳を見開いて、半歩、後ずさる。
突然すぎて頭が回らないらしい彼に、こっちから声をかけた。

「片付け?」
「あぁ、おん…せやで。いらんやつは、早いとこ捨てよ思て」

バツの悪そうに顔を背けた彼は、思い出したかのように手を動かし始めた。ファイリングされた1枚1枚を外し、テーブルに並べる。試合に関する書類を、分別してるらしかった。
ぺらぺらと紙の音だけが聞こえる。俺も白石も、しばらくは何も言わなかった。

「なぁ」

静寂を破ったのは白石だった。顔も上げず手も止めず、口だけで問うてくる。

「何しに来たん?」

手持ち無沙汰だった俺は腰掛けたパイプ椅子から彼を見上げた。窓とドアが全開になっている今、時折ささやかな風が吹き込んでひんやりとしたここは気持ちがいい。

「昼寝でも、しよかち」
「またサボる気かい。ええ加減にせんと、卒業できひんで」
「ばってん、白石がおったからここじゃ無理ばいね」

ほんの少しだけ白石の指が止まった。けれど何事もなかったかのように動き出す。
どう切り出していいかわからない。俺には、そう躊躇っているように思えた。
だから、あえて顔は見ずに問いかける。

「なして泣きよったと」

今度こそ白石の手が止まった。相変わらず外ではセミの声が続いている。
吹き込んだ風が止むのを待って、俺の瞳は白石を捉えた。
目が合った彼は少し、視線を俯ける。

「悔しかったんや」
「何が?」
「負けたんが」

彼が言っているのは恐らく、この間の全国大会のことだろう。
準決勝まで行ったものの、俺たちは敗れた。だがそれは、2週間以上前の話。
暦の上では、今はもう、9月だ。だから彼も、こうして次の学年のために部室を整理しているのではないか。

「…もうずいぶん経つとよ。なして今更」

呆れた調子で返せば、彼は険しい顔で見返してきた。彼の握るプリントに、ほんの少し皺が寄る。

「今更…いまさらやんなぁ、自分にとっては」

自嘲すら含むような、珍しく険のある言葉に黙って答える。白石は白くなるほど唇を噛み締めると、小さな声で、すまんと呟いた。

「嫌味な言い方してもうた」
「…よかよ」

俺は立ち上がると、白石の前へと歩を進めた。近付くにつれ自然と目線が上がる彼の顔に、ぐっと鼻先を近づける。
ここまで来れば、いつもはぼんやりとした彼の顔もよく見えた。

「なん、」

泣いたはずの彼の目尻は薄っすらと赤く、瞳は水を張ったようだ。
なんというか、俺はずっと白石は器用過ぎるくらい器用な人間だと思っていた。テニスも私生活も何もかも完璧にこなす、無駄のない立派な部長さんだと。
だが実際、今ここに居る彼はどうだろうか。
腰に腕を回して体重をかける。慌てたような彼の声が聞こえ、均衡を失ったふたりの身体は白石が背後から倒れるようにして床に尻餅をついた。
倒れる直前白石が手を突いたらしい机がガタリと音を立て、握っていたはずのプリントが宙に舞って床を滑った。
彼の背中を壁に押し付けて、ぐっとその顔を覗き込む。

「な、にすんねん!」
「泣くときくらい、誰かに頼りなっせ」

間近で睨みつけてくる彼の瞳が大きく見開かれる。やがてぽそりと、呟くような声が聞こえた。

「何言うてんねや。離し」
「それはできん」
「なんでや」
「…ほんなこつ、強情ばい」

何事か言いかけた口を、そのまま塞いだ。
途端に突き飛ばそうとする手を掴んで、壁に押し付ける。暴れる足の間に割り入って、首を振って逃れる唇を執拗に追った。
触れて、離れて、また触れて、離れて。
繰り返すうちに、段々と感覚が鈍ってきた。それは彼の方も同じようで、あれだけ暴れていた身体が随分と大人しくなる。
頃合を見計らって俺から唇を離すと、彼の目からついと涙が伝っていた。その顔に、うん、とわけもなく満足する。

「よかね」

しばらく呼吸を整えていた白石は、俺を見上げてぽつりと呟く。

「なんや自分。ほんま、わからへん」

手を離してやれば、袖でぐいと唇を拭われる。涙で濡れた白石の瞳は、綺麗だと思った。

「こんなことして、誰かに見られたらどうすんねん」

白石が俺の後ろを指して言う。恐らく開けっ放しだったドアを気にしての言葉だろう。
誰にも見えんとよ、と答えれば、驚いたように見上げてきた。
そんな彼の視線に合わすと、小さく笑う。

「俺がおるけんね」

その言葉にぽかんと呆けた白石の顔は、次の瞬間ふっと緩められた。

「でかいのもたまには役に立つねんなぁ」

ほんま自分って、と言いかけた白石の顔がくしゃりと歪む。くっと喉の奥が鳴り、触れたところから小さな震えが伝わってきた。
俯いた彼の頭を、あやすようにぽんぽんと叩く。

「…好きなだけ、泣けばよか。俺がおるけん」

そう言うと、白石の手が伸びて俺のシャツを掴んだ。胸元に額を押し付けて、小さな嗚咽を漏らす。
夏の終わり。蝉時雨のなか顔を上げる。
青く広がる空と雲とが、窓の形に切り取られていた。
作品名:そらいろ 作家名:ハゼロ