トモダチについて。
最後列から見える教室の景色はいつだってただありふれた人間模様で、だからこそ、観察するのが面白かった。観察という言葉がぴったりだ。俺はあんまり参加してるって実感がなかったから。
たまたま勉強できてそこそこ顔とか人当たりが良くて適度に真面目で……そんな要素から作り上げられるキャラクターを惰性で引き受けて。教室の中で、俺こと高木秋人という個性はそういう感じでできていた。演じてたとまでは言わないけど。
俺に絡んでくるクラスメイトってなぜか『成績がいい』『がり勉ぽい』タイプが多くて、でも成績がいいことと頭が良いことは違うから、そういう奴らは話しててもつまらなかった。ほんとはマンガの話とか音楽の話ができる頭の良い友達が欲しかったんだなぁって、振り返ってみるとなんとなくわかる。
つまり俺は最初からずっと、真城最高と友達になりたいと思っていたのかもしれない。教室の最後列で。
最初っていつだかわかんないけど。
「友達になりたいと思う相手と友達になるのって実は難しいよなぁ」
読んでいた漫画から顔を上げて装着していたヘッドフォンをずらして、俺は独り言のような調子で呟いた。
二分くらい経ってからサイコーは絵を描く手を止めて、ティッシュでペン先を拭きつつ言った。
「……そうかぁ? よくわかんない」
「んー、例えばさ、クラスメイトとは仲良くするって当たり前のことみたいに言われるけど、強要されるのはおかしいだろ」
「まぁ、仲良くできそうな人ばっかりではないしな、普通」
「仲良くできそうな人が一人もいなかったらどうする」
「一人も? さすがにそれは大袈裟だろ」
「でも、可能性はゼロじゃないだろ?」
サイコーは視線を空に投げて少し考えてから「ゼロじゃあないけど」としぶしぶ認めた。
「つーか、シュージンが何を言いたいのかわかんないんだけど」
「掻い摘んで言えば、そもそも友達になりたいと思える相手と出会える確率は決して高くないんじゃないのかなっていうこと」
「ああ、うん、そうか、いやでも、友達って『こういう奴と友達になりたい』とか考えてから探すものか?」
「俺は割と考えちゃうけど、やっぱみんなは違うのか」
「ああ……」
サイコーはどこか冷めた瞳で俺を見る。
「シュージンは色々考えてそうだな……そんでもって理想が高そう」
「ははは」
「自分に近づいてくる奴片っ端から値踏みして見下してそう」
「ひどいニンゲンだなそのシュージンって奴は」
「でも実際そういうふうに見えてたよ、俺には」
呆れたように笑って目を逸らしたサイコーのその表情は、漫画的に言うならジト目ってやつなのかな、とか考えながら、一方で俺は別の考えに思い至る。サイコーは既に話に飽き始めているようで、原稿用紙に視線を落としていた。
もう一度振り向かせたくて、口を開く。
「やっぱり俺の判断は正しかったんだ」
「はあ?」
「俺は、俺が自信過剰で自意識過剰な嫌な人間だっていうことを見抜いた上で面と向かってきてくれるような奴と友達になりたかったんだ」
「はあ」
下がる語尾。俺は笑う。そして心を込めて言う。
「サイコーと出会えてよかった」
びり、と紙が破れる音がした。サイコーの手元でペン先がイラストを切り裂いていた。絵が破けてしまったのは勿体なかったけど、俺を見るサイコーの表情が、勿体なさを相殺した。
「な、なにいってんだ、気持ち悪い!」
ほのかに赤い頬とか慌てた口ぶりとか目を白黒させてる様子とか。
ああ、こういう顔、亜豆にはまだ見せてないのかな。
「ははは、サイコーってかわいいなー」
「殴るぞ」
どっちかっていうとその手に握っているペンで刺してきそうな感じ。痛そうだから勘弁してください。