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鉄の棺 石の骸5

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1.

 再誕した英雄の試みは失敗に終わった。
 人類は決定的な滅亡を迎えてしまった。
 大規模なモーメント爆発で、地球環境は急激に悪化した。
 雨は降らず、日も差さない。荒涼とした大地がただ横たわっているだけになった。
 真夏に凍える思いをするほど、気温が下がることもあった。
 せめて同類を探そうと、生き残りは当て所もなく地上を彷徨う。

 鋼鉄の義手と義足を着け始めてから、Z-oneはアンチノミーに触れることを極度に恐れるようになった。

 
 アンチノミーとパラドックス、そしてZ-oneは、旅の途中で見つかった崩壊しかけのホテルに身を寄せていた。
 辺りはもう真っ暗だ。パラドックスは見回りをする為に部屋を出ていてここにはまだ帰ってきていない。
 部屋に備え付けられた、辛うじて使えるようなぼろぼろのベッドに、アンチノミーとZ-oneは二人して寝そべっていた。
 一枚の毛布の中、二人の距離は少し遠い。
 ごそっと顔を向け、アンチノミーは相手に話しかけた。
「Z-one?」
「……何ですか」
 眠っているかと思いきや、相手から返事が返って来た。
「起きてたんだ、よかった。――あのさ、Z-one」
 寝返りを打ち、アンチノミーはZ-oneの方に身体を向けた。
「どうして、もっとこっちに寄らないんだい? それじゃ君が寒いだろう。寄っておいでよ」
「それは……」
 アンチノミーはZ-oneの身体を自分の方に寄せようとしたが、Z-oneは嫌々をするように首を振って少し離れた。ベッドの中の二人の距離は、更に遠ざかる。
「ちょっと前までは、寄って来てたのに。これじゃ、何だか僕が寂しいよ」
 Z-oneはそっと目を伏せた。遠ざけていた腕をついと掲げ、
「見ての通り、私の腕も脚も、鉄なのですよ」
 そうなのだ。それはアンチノミーたちもよく知っている。
「いや、それは分かるよ、でもどうして?」
「ここはとても寒いでしょう。私の手足はとても冷たいから、私が君に触れたら、君が凍えてしまいます。――だから私は君に触れません」
 なるべく相手に硬い腕と脚を触れさせないよう、Z-oneは身体を引っ込める。更に二人は遠くなる。
「君に嫌な思いはさせられません」
 
気づけば、アンチノミーはZ-oneを腕の中にすっぽりと収めてしまっていた。
「うわっ」
 Z-oneが逃げようにも、壁際に寝ていた彼がアンチノミーを押しのけて逃げることは困難だった。その上、アンチノミーの腕も脚もZ-oneの身体に絡められてしまっていて、振りほどこうにも振りほどけない。
 Z-oneはしばらくもごもご動いていたが、そのうちあきらめて力を抜いた。
「あの、アンチノミー……」
「腕なら絶対に放さないよ」
「せめて、義手と義足を外してからでも……!」
「それじゃ、君の手足がなくなっちゃうだろう」
「でも、それでは君が凍えるだろうに……」
「いいんだよ。気にしなくったって」
 なだめるようにZ-oneの背中を軽く叩きながら、アンチノミーは笑った。
「君が僕を傷つける以上に、僕が君に何かをあげたらいい。このぬくもりも、何もかも僕は君にあげるよ。だから、そんな悲しいこと言うのは止めてくれ」

 朽ちかけたベッドに二人。
 合わせた胸から、互いのぬくもりが流れ込んでいく。冷たかったZ-oneの手足も、温度が移ってわずかに温くなる。
 真っ暗でしんとしたあの夜で、ただそれだけが嬉しかったのだ。

 「彼」にはあっさり身体を明け渡し、他人を救おうと躊躇いなく手を差し出す。
 なのに、いざ自分が守られようとした時は、相手を気遣って遠ざかろうとする。
 アンチノミーはそれが、悲しくて仕方がなかった。


 2.

 WRGPは、大会中に大量出現したゴーストによって、延期を余儀なくされた。
 創造主Z-oneの呼びかけで、ブルーノは記憶を取り戻した。
 自分の使命「アクセルシンクロ」を遊星に伝えることも叶った。
 何をしたらいいのかやっと分かり、自分の存在理由に一本筋が通ったような気がした。
 けれど、同時に自覚してしまったのだ。
 
 自分の心の中に、最初からぽっかり空いた穴があったことに。

 穴を埋めたくて、ブルーノは色々な物に手当たり次第触ってみた。
 大好きなD-ホイール。大好きな猫。自分に肩車をせがむような小さな子どもたち。
 昨日は試しにホイールオブフォーチュンにぺたぺた触ってみた。触ってみたのはいいけれど、手つきが妖しすぎるぞ、とジャックにぼこんと叩かれた。
 それでも穴は埋まらない。
 なので、今日は彼に触れてみることにした。


「ブルーノ……?」
「……」
 何度遊星が呼びかけても、ブルーノは遊星の身体を触るのを止めてくれない。妙な下心を感じたのならすぐ振り払えたかもしれないのだが、今の彼は何かD-ホイールを点検している時と同じ雰囲気をまとっている。なので止めてくれとは言いにくくなった。
「うーん……」
 一つ触って考え込み。また一つ触って考え込む。D-ホイールのプログラムに、予期せぬエラーが出た時と同じように。
「ブルーノ。俺はD-ホイールじゃないぞ?」
「知ってるよ?」
「じゃあ何故」
 首をかしげてブルーノは、分からない、と答えた。
「触るなら、俺じゃなくてもいいだろう。ジャックなんかどうだ?」
「殴られるからやだ」
「クロウは?」
「小さすぎて何かしっくり来ない」
「……いいか、本人の前でそれは言うなよ?」
 もしかして、と遊星は思った。
「もしかして、何か思い出せそうなのか、ブルーノ」
「思い出す……そうなのかもしれない」
「そうか」
 ブルーノの答えに、それ以上遊星は咎めるのを止めた。
 仲間の記憶が戻るなら、これはこれでいいのかもしれない。

 青い瞳をのぞき込み、跳ねた髪を梳いてみる。マーカー付きの頬にもぺたりと触る。腕を取って握ってみて、しまいにはぎゅっと抱きしめても見る。
 覚えのある誰かの面影。
 触った感覚もぬくもりも確かに似てはいるのだが、どうも大切な何かが見つからないような気がする。
 そう、ちょうど人間の半分だけ。
 心に穴がぽっかりと空いている。

「もしかして、お前の好きな人なのか。思い出せそうなのは」
「……そうなのかも」
「そうなのか」
「――あ、でも僕は君も大好きだよ、遊星」
「そうか」

 記憶は大方取り戻せた。使命も何とか思い出した。
 これで自分はようやく一歩踏み出せた。
 でも、大切なあの人がいるはずの場所は、何故か穴が空いたままだ。

 穴が最初からあったなんて、知らなければよかった。

 触れる手の違和感の理由が分からないまま、ブルーノは遊星に触れ続けた。


(END)


2011/2/28
作品名:鉄の棺 石の骸5 作家名:うるら