たった一羽の小鳥に
雲雀恭弥は単なる暴力を心から愛している。そしてその沙汰を何度も周囲に見せつけたものである。だからなのかもしれない。雲雀の暴力に向ける熱愛振りを目にした人間。雲雀を知る人間のほとんどは知らない。
彼は、血の味が嫌いなのだ。
血の流れる要因に関与し、積極的に血の流れる状況を作り促しながらも、わき出て溢れる自身の血も、返り血も、口に入れば等しく嫌った。肌を伝って口内に染みてくれば無意識に飲み込む。けれど積極的に摂取したいと考えたことはない。
最悪な血の味とは自身の口内からの直接的な出血だと雲雀は眉をしかめる。嚥下せざるを得ない上、出血原因は頭部にダメージを負わせられたという、失態の証に他ならない。
それになんといっても、うまくない。
舌に触れるものの第一条件は美味であること、そう雲雀は決めていた。
身体は、その機能に適した行為、接触によって快楽を得られる。ならばなるべく上質の快楽を獲得すべきだ。雲雀の価値観はそのように判断を下す。
だから、口を満たす血の味を、美味いとも価値があるとも思わず20年弱、雲雀は生きてきた。
しかし、なぜか。
たった今殴られ、殴らせ、口に広がる己のヘモグロビン。が、なぜか。美味く感じる。口内をぐるり舌で確認する。やはり、美味い。思わず喉を鳴らす。
「勘弁してくれ」
初めて血が美味だと感じる恍惚の中、太い男の声が響く。その弱りきった、しかし根底は決して揺るがない声に、舌は更に酔った。なるほど。
血を美酒のように感じるのは、この男が殴ったからだ。
血を美酒のように感じるのは、この飄々が常である男の、動揺が見てとれるからだ。
血を美酒のように感じるのは、
「こんなこと、なんで、オレがしなきゃいけねえんだよ、なあ。一生無縁だと思ってたんだぜ」
勝者は、揺るがしようがないほど、自分であるからだ。
「あれは、娘じゃない。なのになんでオレは、あれをくれと言うふざけた話を聞いて、ふざけた話をしたヤローを殴らなきゃいけないんだ」
「くれ、じゃない。奪うだよ沢田家光」
「口を開くんじゃねえ」
「あいにく、腹話術はできないんだ」
「黙れ」
2月14日、愛を許したため殉じた男の、記念日。その日に合うように作られた愛妻のチョコレート。そのチョコレートを届けに来たメッセンジャーに、自分の息子をチップ代わりに寄越せと言われて、もう、手もとっくに出したから手遅れだと告げられて、はいそうですかいいですよ。言えるわけがない。子供に近づく不埒ものを殴らない親はいない。
なんで、よりにもよってこいつ。なにをとちくるってあいつなんだ。家光はうなる。人間が今、いくらいると思う。そう雲雀を睨み付ける。
この心地よさといったら!
チョコレートの羊水に浸る胎児のような気分で雲雀は口角を上げた。
「だから、確かめるのさ」
この選択結果が果たして最良だったのか。最長距離で答えをだそう。自身の人生最後の日の前日に、答えをだそう。その為に。
「沢田綱吉はもらうよ」
奪われる くらいならばと投げつけて チップ代わりにしてやった(最愛)