お酒と紅茶
ドアノブに手をかけて手前に引くと、咽るような異様な臭いにうっかりドアを閉めかけた。
(またかよ・・・・!)
リビングのテーブルにに突っ伏した炎のような赤毛。
灰皿からこぼれ落ちた大量の煙草や灰。
あと、どこにこれだけのストックがあったのか
無駄に空けられたスコッチウイスキーの瓶が床に転がっている。
なにより酒と煙草の臭いが部屋に充満して、酷い事になっている。
(換気、換気と・・・)
口元を手で押さえながら超スピードで窓を全開にする。
「あー、しまった!」
窓から吹き付ける風に、煙草の灰がさらに散らばる。
(誰が片付けるんだコレ・・・俺、だよなあ・・・)
惨状にがっくりと肩を落とす。
「ん〜・・・・?」
風の寒さに反応したのか、スコットの身体がもぞもぞと動く。
「スコット?起きたのか」
「ん?あー、なんだ帰ってたのか」
酔っ払っている時のスコットは、機嫌がいいことが多い。
この人は酒が大好きだ。
強いし、潰れても乱れるような事は意外にない。
それどころか酔うといつもより穏やかなので
精神的にはちょっとホッとするくらいだ。
「あ?あいつ何処行ったんだ?」
「あいつって・・・誰と飲んでたんだ?」
「フェアリーがいただろ?あー、もう帰ったのか」
せっかくのご機嫌をワザワザ損ねるのは馬鹿らしい。
ここは穏便に部屋に戻ってもらうのが得策だろう。
「ああ、フェアリーならさっき帰ったよ。スコットによろしくって言ってた。
それより、風邪引くといけないからそろそろ部屋で休んだらどうだ?」
「バカ。これからだろ。ほら、付き合え。」
スコットは、あろうことか
半分ほどになっているの呑みかけの瓶をこちらにむけた。
褐色の液体が今にも零れそうなくらいに傾ぐ。
「あ、っと」
とっさにグラスで受けたが、勢い良く満たされて冷や汗が伝う。
(ここで俺が潰れたら一体誰がこの惨状を片すんだよ!!)
「ほら、何してる?呑めよ」
既に一口含んだ後で、スコットが催促する。
「あ、いや俺は・・・」
「なんだ、俺の酒が呑めねえってか?」
「そう、じゃない。片付けなきゃならない仕事が・・・」
「そんなの明日でいいじゃねえか。」
「それが結構急ぎの用でさ・・・」
「おーい!アーサー、わっすれものだぞッ☆」
ドアが急に開き、明るい声に2人が振り向く。
「ん?君達、何してるんだい?うわ、すごい臭いじゃないか」
「・・・なんだ、お前のフェアリー登場じゃねえか」
(フェアリーって何だ!)
「お、おい、何しに来た?」
「なんだい、その言い方!まったく仕方の無い人だな。だから忘れ物だよ。わ・す・れ・も・の!」
アルフレッドが前に突き出したのは自分の携帯。
「はあ?嘘だろ!」
慌ててポケットやカバンを探るが、確かに無い、それ。
会議の机に置き忘れて来たらしい。
「まったく君はそそっかしいなあ。」
「おい、飲んでいくか?」
会話を遮るように、スコットがアルフレッドにグラスを向ける。
俺のために注いだグラスだ。
「さすがに昼からは飲めないよ。結構俺のところはお酒に厳しいからね」
「俺のところ、か」
スコットがくくっと嗤う。
窓全開で寒いはずなのに、汗が背中を伝う。
「ふーん。反面教師ってやつか?上手く躾けたもんだ。」
酒を少し煽り、口元に笑みを浮かべながらアーサーに目をやる。
よかった、機嫌を損ねたわけではないらしい。
俺は後ろ手にひとさし指をドアに向けた。
アルフレッドに「帰れ」と合図をしたつもりだ。
「うーん、でも折角だし。ちょっと貰おうかな!」
(こんのバカッ!空気読めよ!!)
「君、さっきから なーに変な顔してるんだい?」
(テメエが空気読まねえからだよバーカ!!)
「ア、アル。そういえばお前に頼みたい仕事が」
「えー、嫌だよ。それより君の兄さんと俺が呑む機会なんて滅多にないんだぞ!」
「なーにごちゃごちゃ言ってんだ?ほら、座れよ」
「アーサーがいつもお世話になってるんだぞ☆」
「ああ、まあな」
(なんだこの会話・・・!もう胃が痛くて死にそうだ!!)
「ほら、まあ一口飲めよ。病み付きになるぜ?なんなら持って帰るか?無料じゃやれねえけどな」
「じゃ、いっただっきまーす☆」
「ちょ、」
(うわあああああバカ!!)
アルフレッドは褐色の液体を一口含んで固まった。
「・・・っ、うわあ・・・何かすごいね、コレ」
「気に入ったか?」
「いや・・・俺は正直ビールの方が好きなんだぞ」
「はは、流石にケツの青いガキには早かったみたいだな。ミルクたっぷりの紅茶でも飲むか?」
「アーサー、君のお兄さんってかなりファンタジーな酒の強さなんだぞ・・・」
「わかったら帰れ。潰れても放置するからな。」
青い顔をして口を押さえるアルフレッドに親指でドアを指す。
「BOO!せっかく俺がここまで忘れ物届けてあげたっていうのに、ひどいんだぞ!」
「紳士たるもの、恩には報いるべきだろう。ほら、飲め」
スコットが減っていないアルのグラスにさらにウイスキーを注ぐ。
「ああああ分かったよ!アル、何か欲しいもの言え!今すぐ言え!!」
「え?ああ・・・ちゃ、がいいんだぞ」
アルフレッドが顔を逸らして小さく呟いた。
「ん?聞こえねえよ。」
「だから!たまには・・・君の、淹れた紅茶も・・・悪くないんだぞ・・・」
(なんで顔赤くしてんだ)
「紅茶でいいんだな!よし待ってろ」
「へえ、紅茶飲むならいい方法があるぜ?紅茶にウイスキーをだな・・・」
「うーん、俺はやっぱりそれよりミルクがいいんだぞ☆」
「なんだ?愛想の無えガキだな・・・」
(スコット潰れろ!アル帰れ!!)
俺は呪いの言葉を呟きながら濃い目の紅茶を作るはめになった。
「あ、牛乳ねえ・・・」