守りたい
特訓中、そんな言葉が頭の中をよぎり、タイヤに激突した。
痛みに悶絶しながらも記憶を辿っていくと、浅葱色の髪がぼんやりと浮かぶ。
そうだ。
確かそんな事を言ったのは風丸だった。
それは俺達がまだ小さかった頃。
幼馴染の俺と風丸は良く一緒に近くの公園へ遊びに行っていた。
やる事はただ一つ。
サッカーだった。
俺が蹴って風丸が蹴り返す。
それを俺が受け止める。
その繰り返しだった。
風丸にとっては楽しかったか分からないが、俺には充分過ぎるくらいの遊びだった。
そんな時、風丸の蹴ったボールが体格の良い男の人にぶつかってしまったのだ。
おまけに運悪くその人は缶コーヒーを飲んでいて、それを見事にひっくり返してしまった。
白かったTシャツはあっという間にコーヒー色に染められた。
俺と風丸は血の気の引く音を聞いた。
「この……糞餓鬼共……!」
顔を引きつらせて振り向いたその男の顔は般若のようで、俺達は思わず逃げ出した。
「待てやてめーら!!」
いくら足が速いと言っても大人と子供。
もうすぐ後ろまで男は近づいていた。
「風丸!逃げろ!!」
「え、円堂は……」
「俺が引きとめる!その間に風丸は遠くまで逃げろ!!」
「で、でも……」
「早く!!」
風丸は迷ったそぶりを見せたが、俺が強く言うとその尋常ならざる足であっという間に見えなくなった。
俺は男と向き合うと拳を構えて睨みつけた。
「風丸は俺が守るんだ!!」
そよそよと風が吹く。
重い瞼を開ければそこには大粒の涙を流す幼馴染。
「何泣いてんだよ……」
「ごめ……っごめんね。円堂……ごめん……」
身体のあちこちが痛む。
特に右頬が熱を持ったみたいに疼く。
「謝んなって。風丸は、何ともないか?」
「うん……。俺は、円堂が逃がしてくれたから」
「そっか。なら良いや」
俺が笑うと風丸はまた涙を溢れさせる。
「だーかーらー。泣くなって」
右腕を上げて風丸の顔を拭ってやると、風丸は強い眼で俺を見た。
「おおきくなったら俺が円堂を守るんだからな!」
「風丸……」
「もう痛い思いとか絶対させないんだから!!」
「――そんじゃ、風丸の弱虫が治るように俺が特訓してやるよ」
そう言って笑うと、風丸は怒りながらも嬉しそうに笑った。
「そんな事、あったっけなー……」
「何、一人で笑ってるんだよ」
今まで一人しかいなかった空間にもう一人現れた。
俺の幼馴染だ。
「風丸……大きくなったな―」
「は?」
「昔は俺より小さくて泣き虫で弱虫で女の子に良く間違えられて……」
「いつの話をしているんだ円堂」
「んー? いつだっけ。ま、良いや」
「ったく……。また特訓か? 程々にしとけよ」
「おう! 任せとけ!!」
「…………」
「風丸?」
「あんまり、一人で強くなろうとするなよ。俺が守れなくなるから」
「え……っ」
風丸はそれだけ言うと踵を返して行ってしまった。
昔より高くなった背。低くなった声。伸びた髪。
なんだか、心の隙間に風が吹いた気がした。
「今思うと、あの男の人悪くないよな」
一人ぽつりと呟いた言葉が夕闇に吸い込まれた。