二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

仔猫

INDEX|1ページ/1ページ|

 
仔猫

 家への道をつかつかと歩く七郎の影を、小さな影が後ろから追う。
「ついて来るなよ」
「ニャア」
 影の主は子猫と成猫の中間の体格をした青緑色の目をした猫で、白い毛皮は野良なのか少しくすんだ色をしている。
「ついて来るなって」
「ニャアン」
 七郎が歩みを止めると、子猫は七郎の足にすり寄ってくる。
「参ったな。うちは飼えないし。それに」
 七郎は笑顔を浮かべる。場違いな、冷たい笑顔だ。
「俺そういうの、向いてないんだよね。ピリオドを打つほうであって、保護したり育てたりする側じゃない」
「ニャア」
 しゃがみ込んで子猫を抱こうとしたが、今度はするりとその手を避けて、どこかへと走り去って行ってしまった。
「何だ、アイツ」
 猫はこういうところが気まぐれでうまく掴めない。まさか七郎の言った言葉を理解したわけではあるまいが。
 腑に落ちない思いと諦めを心の中でないまぜにしながら、七郎はそのまま帰路へとついた。

 家に戻ると『任務』が待っていた。
 父親からの任務の説明を受けて、七郎は部屋に戻ると仕事用の黒い衣装に身を包む。場所も把握してるし、大した任務じゃない。さっさと済ませて戻ってこよう。そう思って無造作に部屋の戸を開けると、突然扉を開かれて驚いた顔の六郎と鉢合わせた。
「六郎兄さん」
「……出かけるのか」
「うんそう、仕事」
 そして六郎の目の前で、七郎は手袋を嵌める。
「漢らしいでしょ」
「何がだ」
 手袋を装着した両手を翻して見せながら笑みを浮かべて言う。胸に沸き上がるのが自負なのか自虐なのかはまだ分からない。
「覚悟を自負してるみたいで、さ」
「……」
 これはただの比喩ではない。現実だった。
 自分はこれから、仕事をしに行く。仕事の内容は――人殺し、だ。

 仕事はものの数分で終わった。
 なんの感慨もなく七郎は骸の懐から記憶媒体を取り出す。何のデータが入っているのかなんて知らないけれど、これを依頼人に渡せば全て終わりだ。
 だが何故か空を飛んで戻る気になれず、外套だけ脱いで通りへ出た。
「ニャー」
 どこかから猫の鳴き声が聞こえた気がした。そういえば、今日猫に絡まれたのはこの近くだっけ。
 辺りを見回すが、あの猫らしき気配も影も感知できず、七郎はそのまま家路を辿る。
 あの猫が、今日手を下した者が飼っていた猫だったらどうしようかという考えが頭をよぎった。だがどうもしない。自分は知らん顔をしてそこを横切るだけ。そうでなければいけない存在だ。
「ニャア」
「……!?」
 今度はしっかりと猫の声が聞こえた。声を辿って裏路地へと入り込むと、そこには見覚えのある猫と、六郎がいた。
「なんだおまえ、懐くんじゃない!」
「六郎兄さん?」
 七郎が声をかけると、六郎は盛大に舌打ちする。
「……親父に仕事の首尾を見るように言われた」
 こんなところでどうしたのと聞く前に答えを知らされて、七郎はなるべくいつも通りを装った笑顔を貼り付ける。
「大丈夫だったよ、心配させてごめん」
 六郎は今度は不愉快そうに片眉を上げたが、何も言わずに猫を掴むと、その小さな身体を抱き上げた。
「ニャア」
 七郎が抱こうとした時は脱兎の如く逃げ出した猫だったが、今は大人しく抱かれるままになっている。
「心配などしていない。俺も……親父も……!?」
 六郎の台詞が止まる。七郎が六郎の肩に額を預けてきたからだ。
「おい?」
「……心配、ありがと、兄さん」
「……」
 警戒気味に少しだけ身体を引く六郎の肩に手を添えて、七郎はそれきり動きを止めた。
「ニャー……」
 ぱたぱたと微かな音を立てて透明な滴が猫の毛に落ちる。
「……お前……」
 それきり六郎も口をつぐんで、手に抱いた猫がもう一度ニャア、と鳴いた。

 七郎は依頼人へ記憶媒体を届けに、六郎は仕事の首尾を父親に報告しに、それぞれ宙を飛んで別れる。地上には一匹の白い猫が残って、いつまでも上を見上げていた。
「六郎兄さんは?」
「先ほど旦那様とお会いになった後、出られましたが」
「あ、そう」
 きっと長兄達のもとへ戻るのだろう。いつもの事だ。七郎は仕事着のまま父の部屋のドアを叩く。
「七郎か。入れ」
「失礼します」
 光量を落とした照明の中で扇家当主は安楽椅子に座って七郎の報告を待っている。
 仕事の障害は何事もなかったこと、依頼人にはちゃんと届け物をしたことを告げると、その場の雰囲気が僅かに緩んだ。
「ご苦労だった」
「六郎兄さんもご苦労様だよ。わざわざ――」
「六郎がどうかしたか?」
「え?」
 弾かれるように顔を上げた七郎の視界にある父の顔は至って真面目で、嘘をついているようには思えない。
 ――じゃああれは。七郎の様子を見て報告すると言っていたのは。
「父さんに言われて偵察の報告しに戻ってきたんじゃないの?」
「報告?さっき部屋に来た時の話か?それなら、一郎達のところへ戻ると言いに来ただけだが――六郎と何かあったのか?偵察とは?」
「ん?……いや」
 咄嗟に何と答えたらいいのかわからず、曖昧な返事になってしまう。
 七郎は一歩下がると、もう寝るから、とだけ話してその場を後にした。
 廊下から中庭に出る。夜中なので他に人はいない。
「……六郎兄さん」
 上を仰いで兄の名を呼ぶが、答えてくれるものはどこにもいなかったのである。
                                     <終>
作品名:仔猫 作家名:y_kamei