カフェ
道を歩いていると、ふいに肩を叩かれた。
「?」
「七郎」
振り返ると一人の女子高生が笑顔で立っていた。肩ぐらいの黒髪をゆるく内側に巻いて、隣の女子校の制服を着ている。知った顔だった。
「どうしたい、トモエ」
そしてにっこりと笑うと、トモエも少し頬を染めながら七郎に言葉を返す。
「帰り?一人なんて珍しいね」
「たまにはね。そっちこそミキ達と一緒じゃないんだね」
「一人で七郎に会いたかったから」
トモエと呼ばれた少女は自然な仕草で七郎の腕に自分の腕を絡める。
「こらこら」
「いいじゃない」
「ミキには内緒の方がいいのかな?」
「そうね。抜け駆けだって言われるのは嫌だわ」
女の子というのは不思議なもので、つい先日そのミキにも一人で待ち伏せされて遊びに行った。友人同士、考え方が似るのかもしれない。
(じゃあ僕のこの考え方は、どこから来たのかな?)
七郎は常に万物に問う。力とはなにか。使命とは、選ばれるとはどういうことなのか。
とりあえず目の前の少女は友情より七郎を選んでくれたらしい。そう考えるとかわいらしく思えて、トモエの頭を軽く撫でた。
トモエはそれを七郎の了承のサインととったらしい、早速この先の予定を話しはじめた。
「あのね、駅裏にいい雰囲気のカフェができたの。そこに七郎と行きたいなあって」
「歌わなくていいのかい?」
「カラオケはこの間行ったばかりだよ~」
「そうだっけ?」
気のない会話を交わしながら頭の中に一つの考えが浮かぶ。
(あのね、駅前にいい雰囲気のカフェが出来たんだよ。そこに**と一緒に行きたいなぁって)
――え?
愕然とした。カフェに一緒に行きたい相手、そこにあてはまる名前は――
「……じゃあとりあえず、そのカフェに行こうか」
今度**と行くことになった時のために。七郎は胸の中でこっそり嘯いた。
結局途中からトモエの遊び友達も合流して、皆でカラオケをしてから家に戻った。
さすがに門限はないが、夕食前には戻るようにしている。遊び相手もその辺は皆熟知していた。七郎が少しややこしい家であることや、特定の相手と深くはつきあわないことを。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
部下に上着をあずけて、七郎は一直線にとある部屋へ向かい、躊躇うことなく扉をノックした。
「何だ」
「七郎です。入るよ」
引き戸を開けると不機嫌そうな赤い瞳と目があった。入っていいと言われる前に踏み込んだのだから当然だが、返事を待っていたら百年経っても部屋の中には入れてもらえないのは熟知していたから、この部屋に来た時はいつもこんな風だった。
部屋の主は縁側で外を見ていたらしく、不愉快きわまりないという態度で七郎に向き直った。
「何の用だ」
憎しみをこめた視線にも、もう慣れた。捻れた兄弟の関係。七郎はいつもつとめてそれを忘れるようにしている。
ほら今も、笑顔で伝えられる。笑顔は多少作り物かもしれないが、言葉に込められた思いのベクトルは本物だから、声を凛と張って、言葉を紡ぐ。
「あのね、駅前にいい雰囲気のカフェが出来たんだよ。そこに六郎兄さんと一緒に――」
<終>