鉄の棺 石の骸番外7~光陰矢のごとし~
目を覚ますと、そこはアーククレイドルの談話室だった。
「ん……」
ソファーでうたたねをしていたZ-oneは。眠気覚ましに一つ伸びをして、辺りを見渡した。
ソファーの前のテーブルには、カードがいっぱい散らばっていた。来るであろう最終決戦に向けてデッキ構築をしていたら、眠気に襲われてそのまま眠ってしまっていたらしい。
談話室のスクリーンは、アメリカ横断ゴールデン・タッグ・トーナメントの映像が流れていた。
あの当時、不動遊星とジャック・アトラスがタッグを組むというニュースが報道されて、決闘者の間では結構な騒ぎになっていたのをよく覚えている。あの時までは普通ではありえなかったペアだったが、決闘の数々は歴史に残るような素晴らしいものだった。さすが、伝説に残る決闘者二人が組んだだけのことはあった。
叶うなら、あのペアをもう一度公式で見てみたかった、とZ-oneは今でも思っている。
久方ぶりに、手足の先まで血が通った感覚がする。見ると、鋼鉄の義手だったはずのZ-oneの腕は、赤みの差した一対の生身の腕になっていた。
ああこれは夢なのだと、Z-oneには分かる。Z-oneの腕と脚は、数十年前に使い物にならなくなって義体に交換したのだ。そもそも、現在は白いフライング・ホイールに自分を接続しているので、完全な人間のシルエットなどはほとんど残っていない。
Z-oneのカードにしても、石版由来のそれらは見上げなければならないほど巨大で、こんな風に手のひらに載るような代物ではないのだ。
とにかく、デッキの整理だけはしたい。Z-oneは、眠ってしまって中断していた作業を再開した。
時械神シリーズやサポートカード。手札から飛び出す仕掛けのトラップ。虚無械アインやそれに続く能力を持つカードなどなど……。
これらは、決戦の際にはZ-oneたちに大いなる力を貸してくれるはずだ。
丁寧にデッキの形をまとめあげ、これまた小さくなったあのデッキホルダーにカードを納めてお終いにした。
談話室には、未だにトーナメントの様子が放映されている。今は準決勝戦で、遊星とジャックが変幻自在な戦略を取って来るタッグに苦戦しているところだ。しかし、その後の勝敗もZ-oneはよく覚えている。
無限の可能性とはこういうものをいうのだと、あの決闘はそれを示していた。
思い返すと、談話室には色々な思い出があった。
ある時は、アポリアが話してくれる昔話を興味深く聞いていた。
ある時は、パラドックスの個人的な研究について彼と意見交換していた。
ある時は、アンチノミーと一緒に遊星の決闘映像を見て熱狂していた。
そんな彼らも、自分の使命を果たしにそれぞれの場所に向かって行った。
彼らのおかげで、Z-oneは計画に没頭していられるのだ。
トーナメントはもう決勝戦に突入している。
と、後ろの方で誰かがソファーにゆっくり近づいて来るのが、振り向かなくても分かった。
三人の仲間とは全く違った気配。しかし、この気配は敵のものではない。よく見知った者のそれだった。これは、数十年前に自分と一体化した……。
Z-oneはスクリーンの音量を落とすことでそれを迎え、振り返らずにこう言った。
「……おかえりなさい、「遊星」」
「……ああ」
Z-oneから遊星と呼ばれたその人は、Z-oneの座っているソファの右に腰を下ろした。
彼は若い時の姿のまま、Z-oneと同じ服装をしていた。Z-oneの被っている仮面だけがなく、顔に張り付いた鉄は右半分を覆って頭の形を非対称にしている。
「久しぶりですね。あなたがはっきり姿を見せるのは」
「――Z-one。あれから何年経った?」
「さあ。あの日から数十年はとうに過ぎましたが、数えるのは何年か前に止めてしまいました。数十年分の先のカレンダーを、仲間が残しておいてくれたから日付は分かるのですが……丁寧に指折り数えるものではないですからね、あれは」
「そうか」
人類が滅亡したあの日から、「遊星」はZ-oneの前に姿を現わせなくなっていた。
「あの日の衝撃が強すぎて、人格データが断片化してしまってましたからね。綺麗に割れていたら普通に精神崩壊で済んでいたのですが、私とあなたのデータは中途半端に粉々になりましたから」
「……」
「酷い発作の時は、攻撃性だけが残ってしまってて大変だったと言われましたよ。覚えていませんか?」
「いや。はっきりとはしないな。――俺は、仲間にも、お前にも苦労をかけたようだ」
「仲間たちがいなければ、私たちは今頃致命傷を負って命がなかったでしょうね。彼らには礼を言っても言い足りません」
断片化した人格データ。それを必死にかき集め、時に断片の記憶に身体を乗っ取られながら、やっとのことでまともに動くまでに復元できた。いくつかは拾い集めきれず、足りないデータはお互いのそれを重ね合わせることで補っている。
「計画も最終段階に入りました。もうすぐ私たちの出番が来ます。全般的な精神維持と彼への事情説明は私がしますので、あなたは決闘に集中してください」
「ああ、もちろんだ」
「彼は果たして、私たちの話を聞いてくれるでしょうか?」
「聞かせなければならないだろう。仮に俺の存在を全否定しようとも、その時は時械神の力に押されてあっさり敗北するだけだ。あいつは、言葉の裏の意味をつかみ取れずに負けるようなバカじゃない」
「ずいぶん高く買ってますね、彼のこと」
「道は違うが、あいつは俺だからな」
力を示し、ネオドミノシティを跡形もなくこの世から抹殺する。
あるいは道を示し、彼を始めとするあの時代の人々にこの世の行く末を託す。
どちらの選択をしても、自分たちの話だけは聞き届けてもらわねばならなかった。
戦いの中、彼はZ-oneたちの絶望を全て否定しにかかって来るだろう。己の持つ希望と信念の元、絆を力として真っ向から絶望に立ち向かってくるだろう。
Z-oneたちの味わった絶望は紛れもなく現実だ。希望など幻想にすぎない。救うためには何かを犠牲にしなければならないことを、二人は身をもって知っている。
しかし、彼ならこんな絶望を一体どのように否定して希望に変えてくれるのか。心のどこかでそれも楽しみにしているのもまた事実だった。
「……そろそろ、時間だな」
「はい。ついに来ましたね。この時が」
遊星は、スクリーンの映像をリモコンでオフにした。
Z-oneは顔を覆う仮面を取り外した。――傍にいる遊星と全く同じ顔が仮面の陰から現れる。
相手と見分けのつかない顔立ちは、双子と言っても通る。違うのは、彼らの持つ雰囲気。一人は強い意志が表情に現れ、一人は温和な感情が率直に現れている。
「行きましょうか」
「ああ」
デッキホルダーを抱え、Z-oneはソファーから立ちあがる。
二人は手を携えて、談話室から出て行った。
Z-oneはぱちりと目を開いた。
ここは、アーククレイドルの白い空間だ。
「――来ましたか、遊星。チーム・5Ds……」
ついに、彼らはここに来る力を持つまでに成長した。
「ん……」
ソファーでうたたねをしていたZ-oneは。眠気覚ましに一つ伸びをして、辺りを見渡した。
ソファーの前のテーブルには、カードがいっぱい散らばっていた。来るであろう最終決戦に向けてデッキ構築をしていたら、眠気に襲われてそのまま眠ってしまっていたらしい。
談話室のスクリーンは、アメリカ横断ゴールデン・タッグ・トーナメントの映像が流れていた。
あの当時、不動遊星とジャック・アトラスがタッグを組むというニュースが報道されて、決闘者の間では結構な騒ぎになっていたのをよく覚えている。あの時までは普通ではありえなかったペアだったが、決闘の数々は歴史に残るような素晴らしいものだった。さすが、伝説に残る決闘者二人が組んだだけのことはあった。
叶うなら、あのペアをもう一度公式で見てみたかった、とZ-oneは今でも思っている。
久方ぶりに、手足の先まで血が通った感覚がする。見ると、鋼鉄の義手だったはずのZ-oneの腕は、赤みの差した一対の生身の腕になっていた。
ああこれは夢なのだと、Z-oneには分かる。Z-oneの腕と脚は、数十年前に使い物にならなくなって義体に交換したのだ。そもそも、現在は白いフライング・ホイールに自分を接続しているので、完全な人間のシルエットなどはほとんど残っていない。
Z-oneのカードにしても、石版由来のそれらは見上げなければならないほど巨大で、こんな風に手のひらに載るような代物ではないのだ。
とにかく、デッキの整理だけはしたい。Z-oneは、眠ってしまって中断していた作業を再開した。
時械神シリーズやサポートカード。手札から飛び出す仕掛けのトラップ。虚無械アインやそれに続く能力を持つカードなどなど……。
これらは、決戦の際にはZ-oneたちに大いなる力を貸してくれるはずだ。
丁寧にデッキの形をまとめあげ、これまた小さくなったあのデッキホルダーにカードを納めてお終いにした。
談話室には、未だにトーナメントの様子が放映されている。今は準決勝戦で、遊星とジャックが変幻自在な戦略を取って来るタッグに苦戦しているところだ。しかし、その後の勝敗もZ-oneはよく覚えている。
無限の可能性とはこういうものをいうのだと、あの決闘はそれを示していた。
思い返すと、談話室には色々な思い出があった。
ある時は、アポリアが話してくれる昔話を興味深く聞いていた。
ある時は、パラドックスの個人的な研究について彼と意見交換していた。
ある時は、アンチノミーと一緒に遊星の決闘映像を見て熱狂していた。
そんな彼らも、自分の使命を果たしにそれぞれの場所に向かって行った。
彼らのおかげで、Z-oneは計画に没頭していられるのだ。
トーナメントはもう決勝戦に突入している。
と、後ろの方で誰かがソファーにゆっくり近づいて来るのが、振り向かなくても分かった。
三人の仲間とは全く違った気配。しかし、この気配は敵のものではない。よく見知った者のそれだった。これは、数十年前に自分と一体化した……。
Z-oneはスクリーンの音量を落とすことでそれを迎え、振り返らずにこう言った。
「……おかえりなさい、「遊星」」
「……ああ」
Z-oneから遊星と呼ばれたその人は、Z-oneの座っているソファの右に腰を下ろした。
彼は若い時の姿のまま、Z-oneと同じ服装をしていた。Z-oneの被っている仮面だけがなく、顔に張り付いた鉄は右半分を覆って頭の形を非対称にしている。
「久しぶりですね。あなたがはっきり姿を見せるのは」
「――Z-one。あれから何年経った?」
「さあ。あの日から数十年はとうに過ぎましたが、数えるのは何年か前に止めてしまいました。数十年分の先のカレンダーを、仲間が残しておいてくれたから日付は分かるのですが……丁寧に指折り数えるものではないですからね、あれは」
「そうか」
人類が滅亡したあの日から、「遊星」はZ-oneの前に姿を現わせなくなっていた。
「あの日の衝撃が強すぎて、人格データが断片化してしまってましたからね。綺麗に割れていたら普通に精神崩壊で済んでいたのですが、私とあなたのデータは中途半端に粉々になりましたから」
「……」
「酷い発作の時は、攻撃性だけが残ってしまってて大変だったと言われましたよ。覚えていませんか?」
「いや。はっきりとはしないな。――俺は、仲間にも、お前にも苦労をかけたようだ」
「仲間たちがいなければ、私たちは今頃致命傷を負って命がなかったでしょうね。彼らには礼を言っても言い足りません」
断片化した人格データ。それを必死にかき集め、時に断片の記憶に身体を乗っ取られながら、やっとのことでまともに動くまでに復元できた。いくつかは拾い集めきれず、足りないデータはお互いのそれを重ね合わせることで補っている。
「計画も最終段階に入りました。もうすぐ私たちの出番が来ます。全般的な精神維持と彼への事情説明は私がしますので、あなたは決闘に集中してください」
「ああ、もちろんだ」
「彼は果たして、私たちの話を聞いてくれるでしょうか?」
「聞かせなければならないだろう。仮に俺の存在を全否定しようとも、その時は時械神の力に押されてあっさり敗北するだけだ。あいつは、言葉の裏の意味をつかみ取れずに負けるようなバカじゃない」
「ずいぶん高く買ってますね、彼のこと」
「道は違うが、あいつは俺だからな」
力を示し、ネオドミノシティを跡形もなくこの世から抹殺する。
あるいは道を示し、彼を始めとするあの時代の人々にこの世の行く末を託す。
どちらの選択をしても、自分たちの話だけは聞き届けてもらわねばならなかった。
戦いの中、彼はZ-oneたちの絶望を全て否定しにかかって来るだろう。己の持つ希望と信念の元、絆を力として真っ向から絶望に立ち向かってくるだろう。
Z-oneたちの味わった絶望は紛れもなく現実だ。希望など幻想にすぎない。救うためには何かを犠牲にしなければならないことを、二人は身をもって知っている。
しかし、彼ならこんな絶望を一体どのように否定して希望に変えてくれるのか。心のどこかでそれも楽しみにしているのもまた事実だった。
「……そろそろ、時間だな」
「はい。ついに来ましたね。この時が」
遊星は、スクリーンの映像をリモコンでオフにした。
Z-oneは顔を覆う仮面を取り外した。――傍にいる遊星と全く同じ顔が仮面の陰から現れる。
相手と見分けのつかない顔立ちは、双子と言っても通る。違うのは、彼らの持つ雰囲気。一人は強い意志が表情に現れ、一人は温和な感情が率直に現れている。
「行きましょうか」
「ああ」
デッキホルダーを抱え、Z-oneはソファーから立ちあがる。
二人は手を携えて、談話室から出て行った。
Z-oneはぱちりと目を開いた。
ここは、アーククレイドルの白い空間だ。
「――来ましたか、遊星。チーム・5Ds……」
ついに、彼らはここに来る力を持つまでに成長した。
作品名:鉄の棺 石の骸番外7~光陰矢のごとし~ 作家名:うるら