アンスリウム・コブラツイスト
がたん
ぶち
嫌な音がした。
つーか、多分オレが嫌な音をさせたんだろう。
大体今の時間帯、この家にはオレ以外誰もいない訳だし。
こういう時にウサミミ小僧の一匹や二匹でも居れば
後処理はそいつに任せてこのまま玄関を出てしまえるのだが…。
居ないもんは仕方無い、オレは覚悟を決めて
顔を硬直させたまま恐る恐る音のした方向へ振り返ると、
そこにはまだ半透明のセロファンに包まれたままの真っ赤な花が
鉢ごと無残に土を撒き散らしてごろりと転がっていた。
梟のような花の顔が、恨めしげにオレを睨みつけているように見えて
引き攣った顔もその儘に頭を抱えてしまった。
やっちまった。
こりゃ昨日ウチの宿主様が大層気に入って買ってきた鉢植えじゃねぇか。
嬉しそうに花の名前を連呼していたが、そういうもんにイマイチ興味を持てねえオレは
話半分でスマブラを再開しちまったんだっけか…。
こりゃやべえ。何がやべえって、倒れただけならまだいいが
オレはどうやらコイツの茎を思いっきり踏んづけちまったようだった。
近付いてそっとセロファンを摘まんで持ち上げると、
花は袋の中で不気味な動きで首がもげて、茎の根元にびたっと落ちてしまった。
顔から一気に血の気が引いていく音がする。
花は、あれだよな?花の部分がなきゃあ意味がねぇんだよな?
確か宿主は茎だけを干渉する趣味なんざぁなかった気がするし。
まずい。これがバレたらオレはどうなっちまうんだ。
プロレスごっこで済むのか?奴が開発した新型コブラツイストで済むのか?
もしかして、この花と一緒の運命を辿る事になっちまう、とか、か?
首もげたくねぇ!それは直結して死を意味してるじゃねぇか!
あの眼底が渦巻いてる目で問答無用に殺されるってことじゃん!
それならまだ新コブラで腕の関節外されて
しかもそのまま適当に嵌めなおされて高熱にうなされてた方がマシだ!
それにしてもこのままにしておくのは殊更まずい。
オレはジャージの袖を適当に上げて、
フローリングに零れた土くれを猛スピードで集めて鉢に戻す作業を開始した。
しかしセロファンの上からがばがば入れてるもんだから、
土は上手いこと鉢に戻っていってくれない。
こうなったら仕方ねぇ、結ばったセロファンを解いて(慎重にやったつもりだったんだが
結局力任せになっちまった)今度は丁寧に指を揃えて土を流していった。
手がでかいオレのことだ、ものの数分でそれは済んだが
一番の問題はもげた頭だ。
当たり前だが、折れた部分同士を密着させてみてもくっつくわけなんてなく。
結んだらどうよ?とも考えたがそんなに茎も長くねえ。
奴が時折人形かなんかを作るときに使ってるアロンアルファも考えたが、
悪戯されたら困るからと(オレは犬猫か!)どっかに仕舞われて在り処が不明だ。
この稀代の盗賊王サマでも見つけられねぇってんだから、
アイツは一体どんな隠蔽技術を持ってんだって話だ。
最終地点で行き詰ったオレは、奥の手「再購入」をドローすることにした。
幸い金はまだいくらか余分がある。
確か最近近くに花屋が出来たとゾークの一部分が散々葉っぱを買い込んでいたから、
きっとこの花もそこに売っていたんだろう。
ダッシュで行ってダッシュで帰れば、奴らが帰ってくるまでに間に合うだろう。
オレは適当にズボンで手についた土を払うと、
超スピードでスニーカーを履いて…履いて…畜生、こんな時に限って靴紐がほどけてやがる!
しかも変に焦ってるせいか、手がもたついて上手く結べない。
安いからとかいう理由で宛がわれたスニーカーは
気味の悪い銀の星がニヤニヤ笑う柄の真っ黒い靴だったが、
今日今この時ほどこのなんとかスターくんだかいう奴を殴りたくなったことはない。
早くしなけりゃ大魔王が帰ってくる。
帰ってきてオレの首をもぐ。
そんでオレの首はゾークの家政婦的部分が魔王のメシにしちまう。
オレは地獄の穴のちょっとした晩飯になっちまう!
「クソッ畜生めッ!テメーはイカれてんのか!!」
「誰がイカれてるんだい?」
気がついた時には時既に遅しって奴だ。
オレが靴紐に夢中になっている間に、ブラックホールとお付きのメイドは玄関のドアを開けていた。
反射的に顔を上げた俺の目に飛び込んできたのは無数の赤。
宿主こと無限飯喰い機が、不思議そうな顔であの赤い花を大量に抱え込んでいたのだ。
この調子じゃよっぼどお気に召して買い占めたと見える。
ゾークの無駄毛(というか、バクラ)は近所のスーパーの袋をぶら下げて、
「何やってんだお前」とか呆れた声を出しやがる。
何やってんだも何も、こちとら命の危機だよ。解るかゾークの爪カス。
オレはその晩、妙に機嫌のいい魔人にキリを投げて的に当てるゲームをやらされた。
勿論その的は、オレだ。
作品名:アンスリウム・コブラツイスト 作家名:さまよい