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哀れな鬼

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昔むかし あるところに、人喰い鬼が山の洞窟で暮らしていました。
鬼はお腹がすくと、下の村へいき、老若男女問わずにペロリと人間を喰べてしまう、とても恐ろしい鬼でした。

この鬼は、見た目がとても人間に似ていたため、人間と間違えて声をかけて喰べられてしまった人は少なくはありませんでした。


そんなある日のことです。
人喰い鬼はお腹が空いたので、また村におりて人間を喰べてこようと山をくだっていました。
すると、向こうから人間が一人、こちらへやってきたのです。
人間は何も持っていなかったので、きっと道に迷ってしまったのでしょう。
鬼は生えている角をしまって、人間へ声をかけました。

「そこの人、大丈夫ですか?」

人間は片腕をケガしていました。
鬼が声をかけると、人間はほっとしたように鬼へ近づきました。

「あぁ。大丈夫ある。しかし、ここがどこだかわからないある。」

人間はまぶしいほどの笑顔を鬼に見せました。
腕をケガをしているとはいえ、こんなに若く 生き生きとした人肉にありつけるとは、今日はついています。
美しい人間は、とびきり美味いですから!
鬼は食欲が増しました。

「では私がお連れいたしましょう。」鬼は笑顔で返しました。
「森の出口は、知っています。」
「本当あるか!?助かったある。」

人喰い鬼が歩きだすと、人間も鬼のあとへ続きました。

「お前、ここらへんの人あるか?見かけない顔ある。」
「はい、そうですね。」
「名前は、なんというあるか?」
「・・・・名前?」

鬼は困ってしまいました。
鬼に名前などなかったのです。
この人喰い鬼は、人々には「青鬼」か「人喰い鬼」としか呼ばれていませんでした。
困った鬼はある花の名前を思い出しました。

「・・・きく、私の名は、菊です。」
「菊?キレイな名前あるな!」

鬼が唯一覚えていた花の名前でした。
菊の花は、この鬼が好きなものでした。

「あなたは?」
「我は耀ある!」人間は元気に答えました。

この人間は、耀というらしい。
それから耀という人間は様々な質問をしてきましたが、鬼は全て有耶無耶な答えをするばかりでした。

しばらく歩いた二人は、人喰い鬼が住んでいる洞窟へと入っていきました。
耀はさすがに怖くなりました。

「・・・菊、ここどこあるか?」

菊を見た耀は驚きました。
なんと菊の頭から二本の角が生えているではありませんか!
ここらで噂の人喰い鬼とは、菊のことだったのです。

「お前・・・・人喰い鬼だったあるか!」
「そうです。さあ、耀さん。あなたをいただきます。私はもうお腹がすいてたまりません!」

耀は逃げましたが、力の強い鬼に、あっさりと捕まってしまいました。

「嫌あるいやある!何でもするから喰わないで欲しいある!」
「いやです。私はお腹がすきました。あなたを喰べます!」
「待つある!待つある菊、我の話を聞いて欲しいある!」

耀は身をよじって菊を見ました。
人間の真剣な目を見て、少し鬼はうろたえました。

「・・・・いいでしょう、聞いてあげます。」

「菊、お前は人喰い鬼だから、人しか食べたことがないあるよな?」
「えぇ。生まれてから、人しか喰らっていません。」
「じゃあお前は人間が食べる物の美味しさを知らないあるな?」
「そんなに美味しいのですか?」
「そりゃあもう美味しいとしか言えないある!」

鬼は耀の話を聞いているうちに人間の食べ物が食べたくなりました。
人間の食べる物は、それはそれは美味しいと耀が言うからです。

「よかったら、我が作ってやるある!」

耀は明るく言いますが、ここには材料がありません。
鬼は人間の姿になり、耀と一緒に人里へおりていきました。

材料を持って洞窟へ戻ってきた耀は、さっそく料理を作りました。

「さあ、出来たあるよ!」

鬼は腹が減って仕方がなかったので、人間の料理をあっという間に平らげてしまいました。
なんて美味しいのでしょうか!
今まで食べた中で一番美味しいものだったのです。

鬼は耀を喰べるのをもうしばらく待つことにしました。毎日料理を作ってくれるからです。

耀も最初は怖がっていましたが、だんだん菊に心を開くようになりました。
材料が尽きると、二人で人里におりてはまた洞窟にもどってくるという二人だけの長い生活が続きました。
もう菊は人を喰べたりはしませんでした。

幸せな時間を過ごしていましたが、菊は困ってしまいました。
菊は耀を好きにしまったのです。

もしも鬼と人間が恋におちると、鬼は人間になってしまうのです。
そして、死ぬまで目が見えなくなってしまうのです。

菊はたまらなくなり、ある日耀に尋ねました。

「耀さん耀さん。鬼の世界にも、決まりがあるのです。」
「決まり、あるか」
「はい。そうなのです。人間に恋した鬼は、人間になってしまうのです。そして、死ぬまで目が見えなくなってしまうのです!」

鬼は泣き出しました。
静かに涙を流しました。そんな鬼を、耀はやさしく抱きしめました。

「耀さん耀さん。私は人間になってもかまいません。一生目が見えなくなってもよいです。お願いです!私を愛してください!」

鬼は耀を喰べることができなかったのです。
耀を喰べてしまうと、もう料理も食べられなくなります。
話す人がいなくなってしまいます。
優しい笑顔も見られなくなってしまいます。
鬼は、人間になることを決めました。

「・・・・菊。我も愛しているあるよ。」



___それから15年後



ある村に、目が見えない男と女のようなキレイな男が仲良く暮らしているとかいないとか。
一つだけ確かなのは、菊と耀は、死ぬまで愛し合って幸せに暮らしていた、ということです。




(終)



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作品名:哀れな鬼 作家名:菊 光耀