二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

少女と男のとある午後

INDEX|1ページ/1ページ|

 
「だってね、相手が現れたときにわたしの後ろに隠れるのよ!それも毎回毎回!」

もうほんとしんじらんない!と、目の前の少女は頬を紅潮させて、形のいい眉とアーモンド型の目とを吊り上げて早口でまくし立てた。
ぷんぷんとかぷりぷりとかいう擬音がつきそうなその様子に、机を挟んで向かい合う黒髪の男は内心でかわいいなあ、とほのぼのした感想を抱きつつ、うんうん、と頷いた。
「今日だってそうだったのよ。そりゃ、いきなり側で爆発が起きて、びっくりするのはわかるの。でも」
白いテーブルクロスが広げられた机の上には、苺のショートケーキがふたつと、紅茶と緑茶が乗っている。カップからは薄く湯気が昇り、南向きの大きな窓からは、正午をだいぶ回った柔らかな春の日差しがいっぱいに差し込んでいる。まったく平和で穏やかな午後のひとときだ。
「でもね、そこでわたしの背中にしがみついて『イーピン、どうしよう!』は無いと思うの!」
ばん!と景気のいい音が響いて、白い手のひらがテーブルを叩く。紅茶と緑茶の水面がゆらゆら揺れた。まあまあ、と宥めるように声を掛けながら、男は緑茶が入っている方の、和風の湯呑みを手に取った。
「で。――それがさっきの喧嘩の原因だったってこと?」
「そうよ」
まだ怒りがおさまりきらない少女が、憤然とした様子で椅子に腰掛け直す。つい先刻繰り広げられていたケンカ、というには些か派手な騒ぎを思い出して、男の笑みに小さく苦笑が混じった。ティーカップに伸ばされる白く細い指や、華奢であどけない風情からは想像もつかないが、この少女はマフィア界でも将来を嘱望される殺し屋の卵なのだ。
「…たまには自分で何とかしなさいよって言ったの。私が動けないときはどうするのって。そしたらなんて言ったと思う?」
「うん?」
「……『僕は逃げ足早いから問題ないよ』、って」
もうほんとしんじらんない、と、再び少女は繰り返した。
悔しげにきゅっと寄った眉根に、うっすら赤く色づいた目尻に、テーブルの上で握りしめられた白い手に。男は少し表情をあらためる。きれいなお下げ髪を両側に垂らして俯かせた顔に浮かんでいるのは、単純な怒りだけではない。
(あんたなんてだいっきらい!)
廊下を曲がった瞬間に飛び込んできた声と、ぱしんという乾いた音とを思い出す。
ほっておかれっぱなしの少年には、きっとなぜこれほど彼女が怒ったのか見当がついていないことだろう。普段気障を気取っているわりに、肝心なところで彼は女心の機微に疎い。きっとこの少女がどんな気持ちでその言葉を受け止めたかなんて、考えも及んでいないに違いない。


どうしたら、いいのかな
どうしたら、ハルさんみたいに見てもらえるのかな。
かわいくしてればいいのかな。マフィアなんてやめちゃえばいいのかな。



最初の威勢を忘れたように。小さな小さな声で呟く少女の、細い肩に降り注ぐ日差しはどこまでも柔らかい。



「――イーピン」
湯呑みから立ち上る湯気を無言のまま顎に受けていた男が、不意に口を開いた。
「イーピン、髪を解いてみせてくれねーかな?」
「…え?」
余りといえば余りにも唐突な依頼に、少女は眉をひそめて瞬きした。不審そうなその表情へ、男は屈託なくにこりと笑いかける。
「俺、見たことねーんだ。イーピンが三つ編みほどいたとこ」
「……でも」
「頼むよ」
促す男の瞳は、差し込む春の光のように、どこまでも穏やかで優しい。それに押されるようにして、少女は立ちあがった。編んだ髪を止めるゴムを外す。ひとつ頭を振ればウエーブのついた髪がふわりと広がって、春の光に柔らかく光った。
「………」
椅子に座ったままじっと自分を見つめる男を、少女は困ったように見つめ返す。満足したように微笑んで男は頷き、さらにもう一度、「うん、」と確かめるように頷いた。

「可愛いよ」

言われた言葉を咄嗟に掴めずにいた少女の頬に、一瞬遅れて、かあっと赤味がさした。
「……!」
「すごく可愛い」
いとおしいものを見守るような優しい顔で、男は言葉を重ねる。その表情とストレートな言葉に、さらに少女は顔を赤く染め上げた。
反論をこころみて何度か口を開閉させ、だが結局あきらめた様子で、細い体はすとんと椅子に下ろされた。広がる髪を手で押さえながら、上目遣いで拗ねたように目の前の男を睨む。頬はまだ真っ赤なままだ。
「……ずるいです、そういうの」
「―――。 そうかな。」
困ったように眉を下げる男に、少女は口を尖らせた。
「ずるいですよ。」ぷい、と視線が逸らされる。「……ツナさんが言ってた意味がわかった」
「…ツナ?」
「山本さんがタラシだって。人タラシって言ってた」
タラシって、ツナひでーなあ。苦笑して頭を掻く男につんと横顔を向け、でも少女の唇は小さく綻んだ。
この男のことはよく知っている。いつだって優しくそれとなく人を気遣うけれど、けして御世辞なんて言わない。心の全てを口にすることはけしてないけれど、心にもないことなんて絶対言わない。
明るく優しいだけじゃない。裏が無いわけじゃない。でも、いつだって彼は真剣で誠実だ。

――それを、よく知ってる。


ふふ、と今度こそ満面の笑みを見せ、少女は男を見上げて小首を傾げた。
「お紅茶、冷めちゃった。――入れ直すのに付き合ってもらっていいかな、人タラシな山本さん」
「タラシな俺でよければ、お付き合い致します。イーピンお嬢さん」
芝居がかった仕草でウインクをひとつ落とし、男は差し出された手を恭しく取った。





……数日後、男が泣き出す寸前の顔をした少年に、「山本さん、イーピンに手を出したってほんとですか!」と問いつめられたのは、また別の話。


作品名:少女と男のとある午後 作家名:サナギ