欠乏
ぱちり。
目が覚めて隣のある時計を見れば長針が二時を通り過ぎたところだった。
やばい、そう思って充電器に収めていた携帯を取って電話帳からサ行を探して、目的の人物のところでボタンを押した。
プルル…呼出音が鳴って、数回で電話は繋がった。
『おう、おそよう臨也君。よく寝たか?』
「…ごめん、シズちゃん」
明らかに相手の話し声に怒りが含まれているのがわかって、男は自分に舌打ちした。
『嘘つき』
「本当にごめん」
『一緒に講義受けようって、約束した。お前から言ってきたじゃねーか』
「うん、ごめんね」
(ピンポーン)
これは相当怒ってるな。どうしようかと思案しているとインターホンが鳴った。
タイミングが悪い。郵便かなんかの宅配物だろう。面倒だが出なければ。
玄関の門のロックを解除するとスピーカーホンのボタンを押して携帯をデスクに置いた。
「ごめん。ちょっとだけ、待っててくれる?」
返事は返ってこなかった。切られてしまうかもと思ったが通話はそのままにした。
腹いせにタイミング悪く来た業者に一言でも文句を言ってやろう、そう決めると玄関に向かう。
(ピンポーン)
「はいはーい。今開けますよー」
厳重に締められた二重ロックを指でカチカチと外していった。
最後にチェーンを外すと漸く扉が開く。そして、扉が開くと同時に飛び込んできた人物に俺は驚いた。
だってそれが、今まで大学にいると思って電話していた、恋人だったから。
「シズ、ちゃん…?」
俺に体当たりをしてきたと思ったら、腰に手を回してぎゅっと抱きついている。
陽に当たると眩しいくらいに輝く金髪の頭が俺の胸にあった。頭小さいなあ、なんて思っていると抱きついているシズちゃんから何やら声がする。
最初はぶつぶつと何を言っているのかわからなかったけれど、耳を澄ませてよく聞いてみればやっと聞き取れた。
「…うそつき、うそつき」
彼女はずっと俺に向かってうそつき、そう言っていたのだろう。
シズちゃんが俺に会うことをどれだけ楽しみにしていたのか、そう考えると少し胸が痛んだ。
同じ大学でも学科が違えば会う回数だって限られているのだ。
それに、自分たちは何故か大学内ではあまり会うことがない。
そのためにこうやって偶さかの逢瀬を取りつけて、お互いの時間を大切にし合っている。
それなのに、自分が寝過ごしてしまって台無しになってしまった。一ヶ月ぶりだったのに。
「うそ、つき」
怒るのも当然だろう。もう一度、ごめんと謝ると彼女の体を抱きしめた。
扉を閉めて片手で器用にまたロックをかけると、ぎゅうと抱きしめる腕に力を入れた。
「ごめん、台無しにしちゃったね」
「お前いないと、いみないだろ…ばか…」
若干、泣き声交じりの声で何度も馬鹿と繰り返される。
けれど不快にはならない。腕の中で肩を震わせているシズちゃんが愛おしくて。
「ごめんね」
自分も同じように何度も髪に繰り返し口付けた。
そして最後にもう一度だけ謝ると彼女の頬を両手で包み上げた。
「約束、破っちゃったけど…今からでも代用できるかな?」
【欠乏】
ぼろぼろと零れた涙を一つずつ痕をなぞるように舐め取ると、見つめる瞳に期待の色が浮かんでいることに気づいてそれに応えるように唇を重ねた。