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上手なキスの仕方を教えて

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テーブルに置かれた一枚の紙切れを見て、顔を覆った。


『実家に帰らせていただきます』


紙には達筆な字でそう書いてあった。
夫婦が別居をし始める決まり文句だ。

それを見て、あぁこれは…マズイ。
非常にマズイ事態だ、と思った。




「どうしたもんかねえ…」

時計の針が進むのを見ながらカップに手を伸ばして。
もう既に冷めてしまったコーヒーを啜ると呟いた。



波江さんと喧嘩をした。

なに、そんな大層な内容でもないさ。
ただ俺が彼女の不毛すぎる愛を侮辱した。

たった、それだけのこと。それだけのことで喧嘩した。

「はあ…」

今思い出せば、どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。
腹が立って苛立ちを抑え切れなかったんだと思う、けど。

あそこまで彼女の愛を貶さなくても良かったはずだ。

それなのに自分は……、溜息ばかりで仕事が手につかない。
そうだ。俺は今すごく後悔している。彼女を傷つけたことをとても、ね。

俺にはたったそれだけのことで終わるけれど、彼女は違うんだ。


「ごめんね」


今はいない彼女に向けて謝った。
ごめん、それだけ言えればいいのに。


彼女を前にすると素直になれない、緊張しているんだ、この俺が。
笑っちゃうよ。いい歳した大人が思春期の中学生みたいに恋煩いなんて。


出来ることなら、もう一度、もう一度だけ──。


「君に会って、謝りたい」
「…それならもう結構よ」

呟いた言葉はチクタクという時計の音に紛れて部屋に消えていくはずだった、のに。
聞こえるはずのない声を聞いて、ありえない、そう思いながら後ろを振り返れば。

自分が傷つけてしまった彼女がいた。

「なん…で」
「あら、もう一度私に会いたかったんじゃないの?」

してやったりと、笑みを浮かべている波江さんがいた。


「それは、そう、だけど」

戸惑う俺の前に何故だか嬉しそうに笑う彼女がいる。
俺の手の中にある事の発端になったメモを取ると、それをクシャリと握り潰してテーブルに置いて彼女は言った。

「仮にも私の恋人なら、仲直りの仕方くらい知っておきなさい」

彼女の顔がだんだん近くなってきたと思ったら、俺の唇が彼女のと重なった。

「…なんだよそれ」

どうしよう、本当にどうしよう。彼女に敵う気がしなくなってきた。
それなのに、どうしようもなく嬉しさを感じている自分がいて、困った。




【上手なキスの仕方を教えて】