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春の日

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空気が擦れたように小さく、でも静寂より確かにそれは響いた。

「咳をしてもひとり」
「さすが、文学少年」

有名な句だ。
私の返事に満足したのか一瞬にやりとした彼は、こんこんと咳をし直して床になおった。
真っ白くか細い指が布を這う。
私はそれを制して彼に布団を掛け直してやった。身体を冷やさないよう、きちんと肩まで覆ってやる。
それを寝台から見上げていた彼は、私宛てにそっと睫毛を伏せた。
それが彼なりの礼の代わりだと気付いたのは、私が彼を見舞うようになっていつ頃だろうか。

「嫌でも詳しくなりまさぁ。ここに娯楽はそれしかないから」

彼の自虐的な軽口を、素直に笑えなくなってしまった頃と同じような気がする。


兆候はあったのだ。
彼の姉上様もそうだったと聞く。
ここまでに至るには、彼の気丈な振る舞いを少しも見抜けずにいた私達の所為だといつか局長が嘆いた。
私達は半ば盲目的に、彼の鬼のような強さと潔さを前にまさか彼に限ってそんな筈はないと、愚かにも信じ込んでいたのだ。
全てが公になった頃には彼の身体は取り返しのつかないほど修復不可能で、私達は彼の状態を知ると同時に彼の死期を悟ることとなった。
有無も言わせず、事実は小説よりも奇なり。
にわかには信じられない。
それでも彼は私達の前では変わらずそのままだった。
勝手にも、悲しみに打ち拉がれた私達の気休めをいつものように皮肉で受け流して、あの悪戯っ子の笑顔で笑っていた。
健やかなる時も、病める時も。
そのいじらしさ。
何故、彼が。
そればかりが私の頭を埋め尽くしていて。
その身勝手な泣き言さえ普段の彼の性分なら文字通り斬って捨てるはずが、彼の刀を持つ両腕は驚く程に白く痩せ細っていて、そんな所で事実を目の当たりにした私はやっと体感する絶望に眩暈がした。
本当に、何かの間違いでは無いのだと。
美しく洗練されたまでに刀を振るう彼の姿を、もう見ることはないのだと。
死は誰にでも等しく平等であり、無情だ。

「あの人は相変わらずかい」

彼が声を掛ける。
いつものだ。
見舞う度に、ぽつりと。

「相変わらずですよ。忙しくしてますけど、元気です」

決まりごとのように頷く。
彼はあえてかあの人の名前を出そうとしないから、私もそれに習っている。
私は静かに立ち上がって、寝台の側の棚の上に積み上げられた本をなぞった。
埃も積もらない膨大な活字の羅列、数々の世界がここに折り重なる様子。
その脇には以前まで腰に収められていた、未だ手入れの行き届いた彼の愛刀が立て掛けられていて、そこに彼の現在と過去が相反して対峙している。
彼がここで一人過ごす時間に触れたような気がした。

「沖田さん」

彼がちらりとする。
白く塗り潰された部屋では音が響いて、息が辛いのか、ひゅうひゅうと肺が鳴る音が聴こえる。

「いつかそのうち、沖田さんがもう少し元気になったら、ここを出て屯所に戻りましょうね」
「なんでぃ、いきなり」
「今の時期じゃあそこは寒いし、沖田さんの身体に触るから、春にしましょう。花が咲く頃なら暖かいし、みんなでまた花見でもして」
「ザキ」
「みんな待ってます。ずっと、みんな待ってますから。沖田さんのこと」

無機質な冷たい部屋に響きが伝って、語尾まで震えた。
私は彼の仄白い顔を見ていられずに目を背ける。
彼をこのままここに閉じ込めておくなんて、私には耐えられない。
縦横無尽に駆け回ってはしゃいで、悪戯ばかりしては人をからかって遊んでいた、誰より強く美しい彼が、ここで息絶えるなんてそんな悲しいことはない。
真っ白なこの小部屋を彼の血で染めるなんて、私も誰も見たくはないのだ。

「山崎」

彼が折れそうな腕を伸ばした。
私はそっと手を取って、彼の言う通り身体を起き上がらせてやる。
今にも消えてしまいそうな、微かな彼の手の重み。
命の重さだ。

「ほんと、馬鹿だなぁお前」
「すいません、でも」
「春か」

彼が眩しそうに四角に縁取られた窓の外を見つめた。
外はまだ閑散とした冬の景色で、花の芽吹きの気配もない。

「花はいつごろ咲くのかねぇ、山崎」

花が先か、血が先か
彼は静かに、消え入りそうな儚さで、それでもたしかに笑った。
それはまるで全てを赦すかのように慈しげに。
まるで尊い命の輝きで柔らかく笑った彼は、この世の全てを許容してくれた。
そこでついに私の涙は赦され、落ちる雫で穢さぬよう私は、彼がいる暖かな春の日を思い望んだ。
思わず触れた手の温かさと共に、まだ見ぬ花の蕾のようにその日を憂いて、恐れながら、ひっそりと。


私はこの世でただ一つの生命を呼吸して生きている。
あなたも、たった一つの生命を万物の中心に置いて生きているのであろう。
しかし、それはつかの間の歳月、この世はあなたのものである。
出典:咳をしてもひとり


作品名:春の日 作家名:じる