鬼火
おぼろに、曖昧に、輪郭は闇に滲んで。
鬼火はどこまでも美しかった。
「この武器は相手の命を吸うんだよ」
黄昏の戦場に佇む、黒い影。日のもとではおそらく迷彩であろう影に群がる、薄紫の光。
「こうやって、人を殺す度に」
一つ、二つ、三つ。
悲鳴。事切れ。絶命。断絶。
闇が迫る戦場に舞い飛ぶ淡い鬼火。目にも留まらぬ速さで繰り出される暗器が空を切り、鬼火の数は増していく。
「命を吸って、俺の命は永らえる」
日に染まった橙が笑う。顔は見えない。声だけが響いて、揺れて、まるで歌うようなそれ。
「漆黒蟷螂。それがこの名前」
刃が混じる。血が騒ぐ。刀身に纏った雷が、鬼火の間を縫って迸る。
大地に刺さった無数の刃に反射して。
煌く。消える。雷と火が鋼の奥で交わり踊る。
「蟷螂の雌って、交尾の時に雄を喰らうだろ? 一つの命を喰らって、無数の命を生み出すなんて」
笑う、嗤う、わらう。
「おぞましいと思わない?」
切り結ぶ一瞬。耳に流し込まれた言葉は骨髄を通り、全身に行き渡る。
一つは一つ。
無数は無数。
一つから無数が生まれるのは、神秘的で圧倒的で、おぞましい。
「分からなくもねェな」
だが。
「安心しろ。てめぇが幾ら喰らったところで、生み出すものはてめぇの命だけだ」
無数から一つが生まれるのは、何ら不自然ではない。
薄紫の鬼火で作られる、その命。
「だよね」
にこりと、自然に。安堵したように、笑う嗤う、篝火に染まる橙の髪。
日が落ちたのだと意識の片隅で思う。
「そんでもって、てめぇの命は俺が喰らってやる」
安心しろ、と嗤い返す。
鬼火と雷は一つ、又一つと闇に溶けていく。
「そっか」
それは、良かったとは声に出さずに。
幾万もの鬼火で作られたこの身が、雷に喰われるのなら悪くはない。
しかし、
「俺はあんたの鬼火を見たいけどね」
そんな鬼火が自身の命に溶けたなら。
これまでの幾万の命も、そのためだけに在ったのだと思う。
最後の鬼火が消えていった。