うそ
それが何故だか酷くいとしく見えて、そっと頬に手を伸ばしてゆっくり撫ぜると、柔らかな笑みが浮かんで瞳が目蓋に隠れてしまった。(表情のある瞳をもう少し見ていたかったのに、残念だ)
「どうかしたの?」
「ん?」
「忙しい?」
ぼんやりとした声が、鼓膜を緩く震わせる。眠いのだろうことがすぐに分かるような、とろんとした声。
何も考えずに何でもないよと否定して、そのまま一緒に眠りに堕ちてしまえばきっと楽になれる。一時的なものだとしても、今こうして悩んでいるよりは遥かに建設的だ。それなのに、その流れに抗おうとする感情が何処かにある。
「なぁ、レッド」
「なに?」
呼びかけて、けれどその先を繋げられない。再び持ち上げられた目蓋の奥から、不思議そうに揺らぐ瞳が現れる。じっと見つめられると後ろめたくて、逃げるように視線を他所に移しながら軽く唇を噛んだ。
何を言いたいんだろう。何を言えばいいんだろう。そもそも、自分自身が今どうしたいのか、それがよく分からない。
青空の下を旅するレッドが、ピカチュウを肩に乗せて笑うレッドが、シロガネ山の頂上でバトルをするレッドが、グリーンは好きだった。好きだと、思っていたはずなのに。
時折それを憎らしいとさえ思う自分がいることに気付いたのは、いつのことだっただろう。
こうしている間にも、胸の奥からじわりじわりと侵食してくるどす黒い靄に、飲み込まれそうになる。
怖かった。
誰にも見せないように閉じ込めて、自分だけのものにしてしまえば満足するのかもしれないと考えてしまう自分が、酷く恐ろしくて堪らない。
(俺はきっと、おかしいんだろうなぁ)
我に返れば、閉じ込めたいと思うなんて馬鹿げているとは思うのだ。自由に生きるレッドが好きだと口にする傍らで、何を考えているんだ、と。
いっそのこと、試してみれば呆気ないほど簡単に答えは出るのだろう。
けれど、それを一度でも試してしまったら、何かが終わってしまうような気がする。否、全てが終わってしまうのだろう。自分を許すことも、多分出来ない。
(・・・お前には、自由が似合うよ)
好きだと思うだけでは、満たされない。
だからと言って、同じだけ返して欲しいのとも、違う。
好きで、愛しくて、大切過ぎて、時折訳が分からなくなるほど、かなしい。
何を求めれば満たされるのか、自分でも分からないものをどうしてレッドに求められるだろう。
「別れようか」
ようやく絞り出した声は酷く掠れていて、驚きに見開かれた瞳に映り込む自分の顔はとても情けなく見えた。