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左目の知る君

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右半面に現実の、左半面に精神の、光をゾロは自在に眺める。二重写しになったその世界は、剣士としてのゾロに不自由をもたらしはしなかった。
――治るかもしんねェしな。
ふたとせを経てますますの名医となったであろうドクター・トナカイ殿ならば、こんな状態の眼でも何とかものにしてしまうかもしれない。そのあたりゾロは実に楽天的に考えており、今は自分の眼よりもむしろ、買出しの結果の方が気にかかっていた。
自分がここでちょいと船ひとつ斬ったせいで、万事においてトロくさい――と本当に思ってなどいないくせにゾロは言ってみたりする――料理長サンジの、お買い物が途中で切り上げられてしまうかもしれない。そうなるとまた、酒は一日一本まで、などとあの面倒くさそうな声で面倒くさそうに命令され、喧嘩して緑の芝生を荒らしなどして、ロビンにやんわりと、折れる寸前まで関節技をかけられたりもする羽目にならないとも言えない。それは怖い、正直イヤだ、とゾロは未来の大剣豪とも思えぬうそ寒い表情になった。
とりあえず魚はこの漁師から買うらしい。それならば次に買うのは何をおいても酒だ。そのためならちょっとした甘え声など出して、コックをときめかせてやってもいい。何ならちゅーとやらをしてやってもいい。……別に、自分がやりたいからではない。断じてない。
「おいコック、」
ちゅーしてやってもいいぞ。自らの思考回路の一切について説明を放棄し、結論からいともたやすく投げかけようとして、だが、ゾロは片方しかない目をまたたいた。漁師は姿を消している。それどころか、歩いているうちに、斬ったばかりの海賊船まで姿を消していた。
「……?」
ここはどこだ。いや、それよりまずあいつはどこだ。
――再会早々、なんて世話の焼ける男だ。
憤慨してゾロは、ぐじゅ、とシャボンディの地を踏み鳴らした。泡がぼこりと浮き上がり、思わずそれを凝視する。左右を見てからしばらくの間、ブーツでぐしゃぐしゃと地面を波打たせ、泡を大量生産する作業に無心に没頭した。
――おもしれェ。どんどん湧いてくるじゃねェか。
どんどん、ぐしゃぐしゃ、ぼこっぼこっ。そのリズミカルな繰り返しに夢中になっていると、明らかにうんざりしたような声が、ひどく近くから吹き込まれた。
「……なにやってんの、お前」
二年間、傍らになかったはずの気配はやけにすっぽりと、ゾロの傍らにおさまっていた。そのことにまず素直な驚きを覚えながら、ゾロは反射的に左の知覚を引き上げた。声は左側から聞こえたのだ。
目に映る以外のものが見える、左の視界。そこにまぶしいほどの、――誰かの身体が持つ色にとてもよく似た、淡い青と金のいろどりがはじけて広がる。
「っ……」
その青と金に見とれる間もなく、ゾロの皮膚は左の目蓋を中心に泡立ち、すくみ、そしてふわりと浮き立った。
「そんな無防備でいいのか……未来の大剣豪サマがよ」
引き上げられた知覚が伝える過敏なまでの刺激、そこに触れているのは煙草のにおい、低い声の振動、わずかな唾液、……いとしい情人の唇。
「て、めェ」
「ここ、死角なんじゃねェか?」
冗談めかす言葉の中に本物の不安がかすかにけぶって、ゾロはどこかまだ浮き立つふわふわした気分のまま、それでもムッと口をへの字に曲げた。
「あほか、てめェが――」
「おれが?」
聞き返されて、ゾロは言葉をつまらせる。「てめェの気配があんまりキラキラしてたから気をとられた」などと、まさか言えるはずもない。
「……て、てめェが。うう。……そう、てめェがおれにアダ為すはずもねェだろうが」
「そいつァそいつで嬉しいけどよ。なァんかとってつけたくせェなァ」
「うるせェ、酒!」
とりあえずそれを言えば何とかなるとばかりに、ゾロは二年ぶりの単語をがなりたてた。
「酒、酒、酒だ!」
「へェへェ……それさえ言えば何とかなると思っていやがる」
「ぐ、」
ぎくりと肩をすくめるゾロに、ダメ押しのようにもう一度、目蓋に唇を落としてから――しかもご丁寧にあごひげまでをもちょいちょいとこすりつけ――、そうしてサンジはゾロの手を、……ゾロの左手を、慇懃に己の右手で取った。
このロロノア・ゾロともあろうものが、目をつぶれば人すら斬られぬ駆け出しの剣士であるかのように、死角とやらをとても大切にかばわれている。そのことに気づきはしたものの、手を振り払うのはなぜかためらわれて、口を尖らせたままゾロはつづいた。
「ちなみになマリモちゃん、ここはさっきの入り江から2グローブ離れてるから」
「へェ」
「……なんでそこで『へェ』ですむのかわかんねェけど、酒が欲しいなら手を離すなよ」
「別に」
口を尖らせたままのゾロが、不快げにうなる。
「酒で釣らなくたって、離しゃァしねェよ」


数秒後、見る見るうちに汗ばんできたサンジの手にようやく、ゾロは己の発言の迂闊さを自覚することになるのだが……それでも、手はしっかと握られたまま、互いに、離れることはなかった。

作品名:左目の知る君 作家名:玄兎