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 近頃自分が理解できない。請われたとはいえ結局押し切ったのは俺だ。別に俺は幼女が好きだとかそういった趣味は生憎持ち合わせていない。どちらかと言わなくとも経験豊富な大人の女が好みだ。何かと楽だから。だって、面倒くさくないし後腐れもないし、ホラ、美味しいトコ取りじゃん?

 今俺はとある実験を試みている。よく行く店の窓際に陣取り、パフェを突付きながら道行く人々を観察する。たまに通り過ぎるアレと同じ年頃の少女を探し、確かめるのだ。
 前方から黒い髪を結い上げ、赤い簪を挿した少女が歩いてくる。見た目からして十五、六といった所か。服装はごく一般的な和装で、濃い緑色に小さな辛子色の花があしらってある。帯は赤。俺には良くわからんが割と高価な品に見える。視線を少し上げると着物の上にちょんと小さな顔が乗っている。化粧気もなかなか整っていて派手さには欠けるが十年後が楽しみな逸材だ。隣を歩いているのは血縁者だろうか。少女の着物よりも深い、緑の着物に濃い紫の帯をしている。年は二十代後半。なかなかイイ女だ。隣のガキよりもやっぱりこっちのが良い。

 今度は緩く波打つ少し茶色の髪の少女が歩いて来た。こちらは洋装で丈の短いスカートを着ている。オイオイ、ちょっと丈短すぎじゃねェかお父さんが見たら泣くぞ。顔はそれなりに可愛い部類に入るか。年もさっきの少女とそう変わらないだろう。ああ、でも駄目だ、まるで範疇じゃねェな。
 大体アレはまだ幼女の分類に入るのか。もうじき十六、七になるはずだ。どっかの国の法律じゃあ結婚だってできる年頃の筈だ。イヤ、別に結婚したいとかじゃなくて。

 アイツは特に俺の真意を聞いてきたりはしないが、いつか聞かれるんじゃないかと思う。その時に俺は何て答えてやるのが一番良いのか未だに掴みかねている。アイツにとって最良の答えを探す前に、自分にとっての“最良”がわからないのだ。それどころか自分の“本心”すらわからないときている。そもそも俺だってアイツの真意がわからない。わからないことだらけだ。でも、身体だけは繋げちまうんだから我ながらタチ悪ィよな。
 だからと言って現状をダラダラと続けるのはどうかと俺も思う訳よ。今更だけど、ホント今更だけど。
よりによってアイツに手ェ出しちまうなんて。


「旦那、一緒していいですかィ」
 ふいに頭上から降ってきた声にギクリとする。ボーっとしてたにしても全然気配を感じなかった。
 声の主はこちらの返事を待つまでもなく目の前の席に座って店員に何か注文している。最初からこちらの答えなんて気にしてないのか、なら声かける意味ねぇっつの。
 チラリと視線をやると想像通りの顔がそこにあった。考えていた内容が内容なだけに何となくバツが悪いのですぐに窓の外へと視線を戻す。

「何やってんですかィ」
「そっちこそ。またサボりですか、この税金ドロボー」
「フラフラと見回りしてたら見知った顔を見つけたもんで、つい」
「つい、でサボってんじゃねーよ」
「まぁ、いいじゃねーですか。」
「……何だよ」

 黙っていつも通りの表情のなさでこちらを見つめてきて、放っておけばこのままずっと眺めてんじゃないかという居心地の悪さに負けて声をかけると、面白そうに口の端を上げた。なまじ顔が整ってるだけに黒さが滲み出てくる気がする、あんま見たくない顔だ。
「旦那って、ロリコンだったんですかィ?」
 思わず噴出しそうになるが、寸前で何とか堪える。表には出ていない……と思う、出てないといいな。俺の葛藤の最中にも、目の前の沖田君は流石旦那だ、流行の最先端をいってやすねィなどと言っている。何だってんだ、大串君は何やってるの、部下がこんな所で一般市民をいたぶろうとしてるんですけどッ。
 なんで、と俺が口に出そうとすると沖田君の視線が窓の外へと向けられた。

「だって、旦那さっきからずーっと窓の外見てたじゃねェですか。しかも若い娘ばっかり目で追っかけて」
 どうやら表情にでも出てたのか、俺の言いたい事がわかったらしい。てか、見てたのかよ。どっから見てたんだ。
「流石のお巡りさんもいやらしい視線だけで捕まえたりはできないんでさァ」
「女見るのなんて、健全な男だったら当たり前デショ。沖田君だって見るでしょーが」
「俺ァ、別にジロジロと娘を見て頭の中でイケナイ事したりしやせんよ」
「別に俺だってんな事してねーよ! てか、見たりしないの……? 若いのにもう枯れちゃったの?」

 沖田君は確かまだ二十代前半で、それぐらいの年の男の子なんてあんな事やそんな事ばっかで頭の中が構成されてる筈だ。何か色々と普通の欲求が薄そうだなぁとは思ってたけど、ここまでとは。ちょっと可哀そうになっちゃったよ銀さん。
「別に視姦なんてしなくても、特にそっちに困ってないんで」
 前言撤回。シレッととんでもない事を言ってくれる沖田君はやっぱり敵だ、俺だけじゃなくて男の敵。
 どんなにドSでも腹黒くっても、顔さえ良けりゃたいていの女はコロッといっちまうんだよな。
 そういう意味ではチャラ男に興味がないと公言する神楽はその辺の小娘とはやっぱ違うな、うん。土産に酢昆布でも買って帰ってやろう。
「まぁ、冗談は置いといてですね」
 ホントかよ、もうこの子どこまで本気なのか良くわかんないよ。
「俺は旦那をそんなくだんない事で捕まえんのはヤダなァって思っただけなんで」
 内心ギクリとした。極力、冷静に。いつものように。意識した時点で微妙な気がするが、それでも。
「俺ァ、別にロリコンじゃねーよ」
「俺も旦那はそっちじゃないと思ってたですが、宗旨替えでもしたのかなァと」
 続けようとした俺を制して、沖田君はスッと立ち上がった。
「さって、俺はいい加減に退散しまさァ、土方さん撒いて来たんで。面白いもん見れたんでここは俺持ちって事で一つ」
 軽く笑ってテーブルにあった二枚の伝票を掴んで立ち去って行ったが、俺の苦い気持ちは直らなかった。せっかく甘い週に一度のパフェ食べてるってのに。
 スプーンを銜えて窓の外を見ると沖田君が通って、俺と目が合うと可愛らしく微笑んで手を振って去って行った。
 何だろう、これって……まさかね?





2007.1.16
作品名:境界線 2.5 作家名:高梨チナ