ゼロ・ワン
上司のひょんな一言から、ここしばらくの慰労を兼ねての親睦会が急遽開かれる事になった。
中央と東部をまたにかけ、割と長期戦になっためんどくさいシゴトが一件落着を迎えたので、ご機嫌ついでにぽそりと漏らした上官の一言を、司令部にいた側近連中は聞き逃さなかった。
なにせ普段からこの上司ときたら、二足ワラジのお陰で唸るほど金ある癖に『男に奢る金はない』と言って憚らぬケチンボ振り。
高級佐官と国家錬金術師のワラジだ。どっかのちっさい錬金術師でも目が出るくらいの金額を容易く動かせるくらいなのだから、ホントどのくらい持ってるのか気になる所…って、ああ、話が逸れた。
取りあえず、そういう訳で皆揃って普段頼まないようなブツまで頼んで美味しく戴き、(夜勤組もいるのでそっちは途中離脱)その後最近大佐が通ってるというバーにやってきたのだが。
これまた趣味の良い、いかにも女連れてきたらハマりそうな雰囲気のその店の、片隅にあった古いボードに目を留めたのは誰だったか。
こんなトコにやってきた時にこそ。そして幾人かにはあわよくば上官から小遣いせびれないかなーなんていう下心もあり、というわけで。
いそいそとダーツ大会に相成った訳だが。
***
カラン、と良い音を立てて扉が開く。
揚々と乗り込んできた男はラフなシャツにジャケット、片手にはトランクといった旅行者風の出で立ちだが、店内を一瞥すると、カウンターの中の店主に片手を上げて笑みを向けた。
「よぉ、マスター久し振りー」
「ご無沙汰してますね、中佐さん。今お着きで?」
「そそー、急遽代理で出張。…あいつらいるって聞いてきたんだけど?」
「先程まで奥で勝負の最中だったようですが。…今は静かですな」
「サンキュ。あ、俺アブサンで」
かしこまりました、と短く答えるのを聞きながら、慣れた足取りで薄暗い店内を進む。
カウンターを抜けてひょいと奥の小部屋を覗き込めば、半貸し切り状態となった部屋の端のソファに偉そうに脚組んで陣取っていた、親友殿と目が合った。
流石にこの登場は予想外だったか、僅かに目が見開かれる。
「ヒューズ?」
「よぉ、邪魔するぜ」
隣にいた副官も同じように僅かに目を瞠っている。が、双方共にそんなに表情の動かないタチなのでそんな差異に気付いたのは正面から見てた自分だけだろう。そんなトコ何か似てるなぁこの2人とか何とか呑気に思いながら、空いていたソファにどっかりと座り込んだ。
多少酔いは回っていても流石に一人増えた事に気付いた皆が次々振り返る。
「あれ?ヒューズ中佐?どうしたんですか、んな夜中に」
「急遽代理頼まれちまってさー。明日の会議、俺が出る」
同じ事を答えながらざっと見回せば、だいたいいつものメンバーだ。
ところで何か一人、ひよこ頭が部屋の隅でうちひしがれているように見えなくもないが、良くある事なので一旦保留。
「…昼の連絡にはなかったな。最終に飛び乗ったのか?」
「おーよ。エリシアちゃんに『パパー行ってらっしゃ~い』のあまーいキッスねだるヒマもなかったぜ」
ああホントお変わり無く。
休題。
「…まぁ、中佐が出るなら、面倒な説明大方省けて楽できますね」
「おいおい~。書記官抱き込むのはそっちで頼むぜ?」
で、ところでアイツどしたの。
微妙にブツブツ言ってるような気がしないでもないので、少々気になっていたのだが。同僚達は慣れているのか至極あっさりしたものだった。
「ダーツで惨敗して」
「なけなしの掛け金ふいにして」
「さっきトドメの一言貰って沈みました」
やっぱりいつもの事のようだった。
「相手したのは?」
す、と移動した皆の視線を集めた2人が無言で手を上げる。
…あー…、なるほど。
「…鷹の目とそこのタラシ相手じゃ、ちょっと囓ったくらいじゃ無理だわなぁ」
「…タラシって関係ないんじゃ…」
「甘ぇぞ、曹長。こーんな場所で良い雰囲気でちょこっとダーツでキメてみろー、そゆのがツボにハマる子もいんだよ。昔っからこーゆー女ウケの良さ気もんにはやたらと鼻が利く上に小器用で…」
「適当な事を言うな、そこ」
「俺が悪かったからダーツ離せ」
それ刺さりますから、マジで。
どうも隣に座った中尉からの空気が少々ひんやりしてるのが気になるらしい。ワガママな。
嘘は言ってないのに。
が。
これ以上何か言えば判ってるだろうな、とはっきりと顔に書いた物騒な親友殿にポケットから発火布なんて出されたら流石にマズイので、微妙に距離をとるようにヒューズはそそくさとハボックに近寄った。
すっかり落ちた肩をちょっとばかり乱暴に叩いてやる。
「ま、元気出せよ、少尉」
俺が(適度に)遊んでやっから。
「・・・今なんか真ん中挟まってませんでしたか」
「気のせいだろ」
…そうかなぁ。
「ダーツやんの久し振りなんだよな。何かガッコん時思い出すなぁ」
言いながらも、どうやらすっかりやる気らしい。ひょいと店のダーツを3本持ったヒューズは意気揚々とスローイングラインへ。
漸く動く気になったハボックが、じゃオレも。とダーツに手を伸ばした所。
…と、そこへ今まで行方を黙って見ていたマスタングが僅かに眉を寄せたのに気付いた。
「大佐?」
「・・・あいつ、本当に混ぜる気か?」
え?
「…何かマズいんですか?」
すっげやりたそうですけど。
それは見れば判る。ちらりとヒューズへ視線を投げて、次いで深く息を付いた。
「…あれが混ざるなら私は降りる」
「同じく」
「え、中尉まで?」
それってどういう・・・。
・・・これは説明するより、見た方が早いんだ。
「ヒューズ」
「あー?」
呼び掛けて、ちょいと指先でボードを示す。
語らずとも意を汲んだヒューズは、半身を引いてスタンスをとった。
「7ダブル」
トン
「20トリプル」
トン
「・・・おい・・・」
「…なんだこりゃ」
「ブルズアイ」
「よっ…と」
軽い音を立ててボードの中央にダーツがつき刺さる。
寸分違わず指示通りの所へ。しかも狙いを付ける溜めもなく。
「…何回投げても結果は同じよ」
ポソリとホークアイが小さく呟いた声に、誰も反論の声も上げられず。
「…つまらんだろう?」
おーい、何してんだよ。さっさとやろーぜー?
とか声は聞こえているんだが。
今回はしみじみ呟かれた上官の一言に、全員揃って深く深く頷いた。
「・・・そーいや中佐の獲物ってスローイングダガーだって前に大佐が言ってたっけなぁ・・・」
「・・・・・・内勤の人間の武器じゃないな」
さすが大佐の親友やってるだけはあるよな、と。
それぞれが色んな意味で中佐を見直した夜は、こうして更けていった。