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 雲が一欠片もない澄み切った空の下、江戸の町を見回っていた。今日も例によって総悟が巡回中に消えたので、今は一人で町中を歩いている。あくまでも町の様子を見て回るのが目的なので総悟にばかり気を配っていられず、その隙をついてふとした瞬間にいなくなるのだ。
 一通り巡回した後、総悟がいるかもしれないと思い足を向けた駄菓子屋の前に置かれている小さな木製のベンチ、通常あまり人影のないそこには珍しく客が居た。青い傘に赤い服。
 そこに居たのは総悟ではなかったが、見知った相手だった。
 万事屋の所のチャイナ娘。あの海星坊主の娘で絶滅寸前の戦闘種族夜兎の娘。そして、総悟と互角にやり合う好敵手(と書いてライバルと読む)。
 そんな少女に対する記号を頭の中で並べながらさてどうしたもんかと考える。
 声をかけるべきか否か。こちらが一瞬躊躇していると、青い傘がゆらりと動いてその下から大きな目が見上げてきた。

「お前も酢昆布買いに来たアルか?」
「んな訳ねぇだろ、だいたい何で酢昆布限定なんだよ。つかこっちは仕事中だよ」
「散歩してるだけだろうが、この税金ドロボーが」
「うっせ。俺達ァ、そうそう暇じゃねぇんだよ」
 興味を失ったのか視線を外してふぅんとつまらなそうに呟いた。そのまま通り過ぎてしまおうと思い一歩足を踏み出すと、チャイナ娘は何かを思いついたのか、弾かれたように斜め上を見上げた。つられて視線をやったが何もない。
 何もない虚空を見つめる様子は小動物がよくする仕草に似ていて、万事屋の馬鹿はこういう所が愛しいのかもしれないなと素直に思った。そんな子供に無条件で懐かれたら愛しいし守ってやりたくもなるだろう。
 そんなに良く知っている訳ではないが、たまに関わった際に見る様子からも目の前の激辛少女(色んな意味で)が糖尿病寸前な駄目ニートもどきのアイツには良く懐いていて、全幅の信頼を寄せているのはわかった。
 総悟に対する保護欲的なものに通じる所があるかもしれないなとふと思った。俺の場合は信頼ではなく敵意を注がれ続けた訳だが、それでも可愛いと思ったし特別であることに違いはなかった。敵意でもこうなんだ、好意を向けられたら、そりゃあ可愛いだろうな。
 そんな馬鹿なことを考えていたら自然と眉間の皺が深くなる。
 だけど、俺の心中なんてお構い無しにチャイナ娘は大きな瞳をこちらに向ける。くるんと音がしそうだ。
「……アイツは今日は一緒じゃないアルか」
「アイツ?」
「サドのアイマスク」
 どうやらチャイナ娘の中で総悟はサドとアイマスク二つの記号で表せるらしい。
「総悟ならさっきまで一緒だったけどな、消えやがった。お前こそ見なかったか?」
「今日は見てないネ」
 瞳がゆらゆらと泳いでいる。言いよどんでいるのか、言いたいけど上手い言葉が見つからないのか、関わりの薄い俺には判断がつきかねた。こういう時に急かしてもしょうがない。それは良くわかっているので付き合ってやることにして、ベンチの隣に腰かけて意思表示とした。
 周囲にはすぐにキレると思われている俺だが仕事柄か今までの境遇故か、待たなければいけない時というものを心得ているつもりだし、その場合は別に苦痛ではなかった。記憶を手繰ってみると、断然後者の確立が高そうで、ついでにそれは子供限定かもしれないと新しい発見をしたような。
 ともかくそれは相手にもどうやら伝わったようで、少し端に寄って俺が座りやすいスペースを提供してくれた。
「アイツ最近どうアルか……?」
「どうって……何が?」
 質問に対して質問で返すのはどうかと思ったが(ましてや子供相手に)あまりにも漠然としすぎていて具体性に欠けるので思わず聞き返してしまった。
「んー……最近、アイツとちゃんと話してる?」
 えらく真剣な眼差しを真っ直ぐに向けられて戸惑う。子供の相手は苦痛ではないが苦手だ。とはいえ、子供の相手をした記憶なんて総悟が小さかった時ぐらいしか思いつかず、それに総悟にしても標準の子供という枠からはみ出しまくっていた気がするので参考にすらならないだろう。
 どうもこの少女を見ていると総悟のことが思い浮かんでしょうがない。全く似てないがどこか似ているんだろう。そんなことを口に出そうものなら双方から洒落にならない攻撃が飛んできそうだが。俺にしてもどこが似てるか述べよと言われたら困る。
 質問と全く関係ないことを考えながらも、チャイナの意図が読めなくて首を捻るしかなかった。いくつか思い浮かぶこともあったが、いやそれはナイナイとそれらの項目に頭の中で横線を引いた。
 真摯な眼差しのまま俺にどういう答えを望んでいるのか、期待に満ちた目で見上げられると居心地が悪かった。ここは素直に答えるしかない。
「話すってぇか……まぁ、普通には話してんじゃねぇか。俺には別に変わった風にゃ見えないけどな」
 大きな眼を更に大きくして瞬きを二つ。その後には先程の真面目な顔ではなくなっていた。
「そっか。ならいいネ」
 ウンウンと一人で勝手に満足気に頷いて口元の緩めている。さっきとはまるで様子が違う。全く自分と違う生き物を前にするとそのペースが掴めなくて上手くついて行けず置いてけぼりをくらった気分になることがあるが、今がまさにそんな感じだった。
 俺を置き去りにしたまま、何故かもの凄く機嫌が良さそうに見える万事屋の娘はパッと軽快に立ち上がった。
「それじゃ、私は行くネ。しっかり働けよコームイン」
 せめて漢字でしゃべれと思ったのが顔に出たのか、それを見てチャイナは底意地が悪そうに唇を持ち上げた。こういう顔をすると後ろに白髪頭の天パが透けて見える。
「一つだけ教えてやるから心して聞くヨロシ」
 手元が動いて何かを投げたと思った時には身体が反射的に動いていて、顔の前で見事にキャッチする。軽い手応えに訝しく思って見るとそれは空になった酢昆布の箱だった。
 今度こそ眼を細めて非難の眼差しを向けると、相手は更に口元の笑みを深くした。
「いつまでも子供じゃないのヨ……私も、アイツも」
 まさに捨て台詞を残してあっと言う間に走り去ってしまった後ろ姿を見えなくなっても、取り残されたように見つめていた。言われた言葉を脳内で反復する。
「アレ?」
 手にした酢昆布の赤い箱が妙に軽かった。





2007.1.4
作品名:境界線10.5 作家名:高梨チナ