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長谷川桐子
長谷川桐子
novelistID. 12267
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【サンプル】うたかた心中【臨帝】

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第一印象は、予想していたよりも普通の子だな、というものだった。

すれ違った次の瞬間にはもう忘れ去ってしまうような平凡な顔立ち。特徴といえば短めな前髪とあらわになった額だろうか。ああ、あと目は大きかったな、と思い返して男は口の端を上げる。ぽかん、という擬音がふさわしい表情で見開かれていた瞳。『人間』としての興味に顔の造作はあまり影響しないが、まあ好ましい顔立ちではあると思った。愛嬌がある、とでも言うべきか。
とりあえず、大はずれだったあの自殺志願者達と比べたらずっと興味深い。
「田中太郎さん、ねぇ」
楽しませてくださいね、と呟いて。足取り軽くステップを踏む。突然スキップなんぞをしだした男に対し、道行く人は奇異の視線を送るが当の本人は微塵も気にかける様子はない。楽しみだなあ。唇を吊り上げて秀麗な顔が笑みを浮かべる。それはひどく美しいものであったけれど、第三者の目線から見るとどこかぞっとしない表情だった。


そして時は巡り。蒔いた種は急激に育ち。事態は急展開を見せる。

正直、疑い半分だったんだが―――そう、黒バイクの運び屋に語ったことは紛れもない本心だった。「駒は、私の手の内にあります」その言葉を吐き出したときの、少年の瞳。支配者、というよりもそれは覇者の瞳だった。なるほど、間違いなく彼はダラーズというひとつの組織の創始者だ。ぞくり、と男の体に震えがはしった。当たりも当たり、大当たりだ、と。思わず傍らにいた首なし妖精の肩をぱしりと叩く。大手柄だと自分を自分で褒めてやりたい。彼を見つけたのは俺だ、と自慢して回りたい気分だった。
ネット上の架空の組織であったはずのダラーズ。それが造ったものたちの手を離れ、実体を帯びていくにつれ。初期メンバー達は次第にそこから離れていった。元々、オンライン上でのみの繋がりであれば、希薄なものだ。
本来ならば、彼らの行動のほうが『正解』なのだろう。いつか手に余って、自らに火の粉が降りかかるかもしれないリスクを負ってまでも拘るほどのものではない筈の、虚構の組織。しかしながら、竜ヶ峰帝人という少年にとっては、そうではなかったらしい。ただひとり残ってダラーズを管理し続けたのが、池袋どころか、東京にも一度も訪れたことのない中学生だったと、誰が思うだろう?
せっかく見つけた、愛しいいとしい『進化の可能性を秘めたひと』である君。出来ることならば、末永く愉しませてもらいたいものだね、と謳うようにひとりごちてくるりと踵を返す。煌々と明かりの灯る池袋の夜の街。あの少年の、一度も染められていないであろう黒い頭ももう見えない。
あいしている、の言葉に内包されるのは『人間』に対する純粋な興味であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。
―――まだ、そのときには。