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青い鳥

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 最近、神楽の様子がおかしいと新八が言う。
 アイツは基本がおかしいじゃねェかと言うと、そういう訳じゃないと言った。僕じゃ駄目みたいですから、銀さんから聞いて下さいよだと。
 新八の言いたいことはわかる。確かに最近のアイツはおかしい。
 夜になると家に帰ることが多い新八と違って、俺の方が一緒に過ごす時間が長い。わからない訳がない。新八は空ばかり眺めていると言っていたが、俺は違うと思う。日中は確かに外を見ていることが多いが、夜になると部屋の中で視線を空中に彷徨わせている。


 その日は珍しくスッと目が覚めた。外の気配からして、まだかなり早い時間だと思われる。もう一度寝ようと試みても、完全に眠気は飛んで行ってしまったらしく徒労に終わった。
 二度寝を諦めて布団から出て、居間に行くがしんと静まり返った室内は、何となくもぞもぞとして落ち着かない。早朝の気配が充満しているせいかと思い、気にせずそのまま台所へいちご牛乳を取りに行こうとしたが、霧がかったようにもやもやとして気持ちが悪い。
 何となくアイツの様子が気になって、寝床へと足を向ける。すると、いつも寝ている押入れが少し開いていたので、そっと覗き込むとアイツが居ない。ガラリと襖を全開にするが、押入れはもぬけのカラだった。掛け布団が足元で丸められ、布団が僅かにへこんでいる。触ってみると温かかったので、つい先程まではここに居たと思われる。

「銀ちゃん、青い鳥って知ってる?」
「見つけると幸せになれるって奴だろ」
「ホントに青い鳥捕まえると幸せになれるアルか?」
「青い鳥がいるからって幸せになれりゃ世話ねェよ。なに、お前幸せになりたいの?」
アイツは俺の問いかけに擽ったそうな微笑みで答えて、そして言った。
「もうじき捕まえられる気がするヨ」

 昨夜の会話や最近の様子がフラッシュバックして、腹に蟠っていたもやもやとした嫌な感じが全身に広がる。慌てて玄関に行くと、黒い小さな靴がちょこんと置かれていて、玄関の鍵もかかっていた。どうやら外に行った訳じゃないらしい。
 どうせ厠だろう、なんだ、慌てた自分が滑稽だ。別に誰が見ている訳でもないが、気恥ずかしくなり頭をかいた。

 厠の扉コンコンと叩くが反応がないので、再度叩きながら名前を呼ぶ。反応がないので戸に手をかける何の抵抗もなく開いた。そこには誰もいなかった。家中を探してみるが、どこにもアイツの姿はない。探す場所がなくなり居間に戻り、どうしようと思った時、カタンと音がした。

 その音の発生源はどうやら外のようだ。窓に手をかけると、ガラリと開いた。昨日かけた筈の鍵がかかっていなかった。どうやら、ここから外に出たらしい。身を乗り出してぐるりと見回してみるがアイツの姿はなかった。直感的に上だと思ったので、俺は軒に手をかけ懸垂の要領で腕に力を入れ、屋根に顔を出す。
 アイツがいた。最近寝巻きとして愛用している白くて袖のない裾が広がった、ワンピースだかシャツかわからない代物を着たまま、裸足で屋根の上に立っている。フワリと裾が翻り、生ッ白い足首が目に付く。後ろ姿なのでよくわからないが、上を向いて何かを見ているようだ。微妙に太陽と違う方を向いているが、この位置からでは眩しくて見難い。

 アイツが両手を空に向かって伸ばす。俺はもう一度力を入れて屋根へ上り、そこでおかしなことに気づいた。透明なのだ。アイツの足が。光のせいかと思ったが、違う。呆気に取られている間にも、どんどん足元から透明になっていく。
「神楽!」
 名前を呼ぶ俺の声に反応して、両手を上げたままこちらを振り向く。既に全身が透明で反対側が透けて見える。足元を見ると、殆ど消えかかっている。
 手を伸ばして足を踏み出す。
「銀ちゃ……」
 アイツが唇を動かして俺の名前を呼ぶが、最後まで聞くことができずに溶けて消えてしまった。アイツを持って行かれまいと回した腕は、虚しく空を斬っただけだった。


 俺は屋根の上に座り込み、自分の手を、そしてアイツが消えた場所を見た。特にどちらにもおかしな所はない。遠くに小さく新八が歩いているのが見えた。こちらに向かっているのだろう。もうそんな時間か。さっきの出来事をどう話せばいいってんだ。

 重力に添って後頭部を少し後ろに倒す。視線を斜めに上げ、最近のアイツがしていた行動をトレースする。すると、チラリと視界の隅に青色が。眉間を狭めて見ると、何も見えなくなっていた。目を見開き、瞬きをしてみる。しかし、さっき見えたと思ったものは見えなかった。
 ああ、そうか。俺はもう一度神楽に会える気がした。





2005.6.4
作品名:青い鳥 作家名:高梨チナ