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ひとりのスーパースターへ

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「部長って、欲しいもんとかあるんすか?」

と赤也がきくので、おれは思わずノートを書いていた手をとめて、はす向かい座る彼の顔をみた。赤也は手をとめたおれの顔を不思議そうに見つめて、すこしだけ首を傾げた。
ノートはまだ、部長としての心得その一・遅刻はしない、が書かれただけである。

部長の座は、もう数カ月前に赤也に譲っていたのだけど、彼はまだおれのことを部長とよぶ。以前に、いまは君が部長だろうと笑ったら、だっておれにとっては部長は部長ですもんと寂しそうな顔をされた。そういうものかなと言ったら、そういうもんですって、今度は少し怒ったように返されたので、おれはすこし嬉しくなって、すこしさみしくなったのを覚えている。

「欲しいものねぇ・・・そりゃあるけど、なんでそんなこと聞くんだい」
「だって部長って、俺から見たらなんでも持ってるスーパースターみたいなもんだから」
「なにそれ」
「とりあえずテニスは超つえーでしょ、で、べんきょーできて、絵とか詳しいし、よく本読んでるし、バレンタインとかチョコ一番多くもらってるし・・・」
「んー、最後は関係ないんじゃないかな」
「とにかく、俺からみたら部長は超人っつーか。これ以上欲しいもんとかあるのかなって、ちょっと思って」

そう言って赤也は、机にうつぶせになった。二人以外にだれもいないテニス部の部室はとても静かだ。真田は怒鳴らないし、柳のノートをとる筆の音も聞こえない、丸井がお菓子の袋を開ける音もしないし、それを呆れて突っ込むジャッカルの声もない。仁王は柳生にちょっかい出さないし、それに怒る柳生もいない。とてもしずかだ。赤也はこれから、こういう空間で生活するのかなあとおもったけれど、彼は彼で、あたらしい立海をつくっていくんだろうから、それは杞憂というやつだろう。

「・・・画集が欲しいかな」

そう呟いたら、赤也は顔をあげてガシュウ?と口にした。

「うん、ルノワールの」
「・・・るのわーる・・・」
「それからレチューザの鉢も欲しい。ボードレールの詩集だって欲しいし、ブラームスのCDも欲しい。服だって欲しいし靴も欲しい。欲しいもの、たくさんあるよ、おれ」
「・・・れちゅ-ざ・・・・・ぼーどれーる・・え?」

赤也はくちのなかで、おれの言った言葉たちを繰り返そうとしてぽかんとした顔になる。まあここでああブラームスっすね俺ハイドンの主題による変奏曲が好きっす!とか言われたら、今度は俺おれがぽかんとする番なので、これでいい。多分おれはびっくりしすぎて素で椅子から転がり落ちた後柳に赤也がおかしいと電話するだろうから、赤也はこれでいい。

「赤也は、なにがほしいの?」

反対にきいてみたら、赤也はぱっと明るくなって、wiiが欲しいっす!!と答えた。赤也らしくてとてもいい答えだとおもう。

「あらしがCMやってるやつ?」
「そうっす!!今年はおれぜってーサンタさんにwii頼むんですよー!」
「去年は?なにもらったんだっけ」
「去年はPSPっすね!だってモンハン出るっつーんだから、そっちが先かなって思って!」
「そっか。楽しい?」
「楽しっすよ!丸井先輩や仁王先輩とよく狩りにいくんですけどね、そー、仁王先輩ずるいんすよ!協力してくれる振りしていっつも俺らのこと貶めるんす!!あ、ぶちょーも買いましょーよ!で、いっしょに狩りしにいきましょ」
「そうだね、考えとくよ」

おれはそっと部長の心得その2・ゲームは一日一時間と書き加えておいた。
欲しいものは、おれだって、たくさんある。物だってそうだし、見えないものだって、そうだ。
おれはおれが、いやなわけでも、きらいなわけでもないけれど、それでもやっぱり憧れるものがある。たとえば、真田の厳しさや、蓮二の洞察力や、それから赤也の、素直なところ。赤也はいつだって、それはもう出会ったときからまっすぐで、おれはかれのそういうところが、とても良いとおもったのだ。
おれだって一人の人間なんだから、足りないものはたくさんあるし、それを補いたいって思うんだよ。

3月の夕方は早い。日が落ちるとおもったらもう夜がすとんとくる。2人だけの部室はすでに薄暗くて、蛍光灯だけが頼りなくちかちかしていた。

「暗くなってきたね・・・そろそろ帰ろっか」
「え、だってまだ心得ひとつしか書いてな・・・え、なんすかこの心得その2!一時間とか無理ですって!」
「何言ってるの。ほんとは一週間に三時間としたいところをかなり譲歩したんだよ」
「何言ってるんすか!せめて二時間!二時間にしましょ!」
「だめ。期末の英語ひどかったでしょ?なおさらだよ」
「ぶちょお・・・・・」

赤也の顔が、昨日テレビで見た、餌がほしくて飼い主のまわりをうろうろする犬みたいになっていたので思わず笑った。

「続きはまた明日やろう」
「・・・っす」
「ほら拗ねないの。部長の心得その3だよ」
「・・・ぶちょー、それただ都合よく言ってるだけっすよね」
「あれ、わかった?」

ふざけたら、わかるっす!とまた赤也は拗ねて頬をふくらませて、帰り支度を始めた。俺もマフラーを巻いて、立ち上がる。

「そーいや部長、今週誕生日ですよね」
「うん」
「るのわーる?のガシュウ、探してみるっす!」
「ふふ、ありがとう」

電気を消して、外へ出る。やっぱりまだ夜は冷える。
あと一週間ほどだけ、おれたちはこんな風に夜を迎えるんだろう。それはしなければならないことでは、多分ない。ただの互いの、どちらかといえばおれの甘えなんだろうとおもう。それでも赤也はそれを知って知らずかつきあってくれているので、それはとてもありがたいことだ。
なにかあったかいものが食べたいとおもった。帰りにコンビニで、肉まんでも買おうかな。このかわいい後輩のためなら、100円くらいなんでもないことだ。そう思うと胃が収縮するので、からだとは素直でいけない。おれもただの、人の子だ。ひとつ赤也に気づかれないように笑って、部室の鍵を閉めた。
作品名:ひとりのスーパースターへ 作家名:萩子