いまでもあなたが好きです
(ずっと困っとんのは知っとった)
けれどそれを認めることは出来なかった。
気がついていないふりをしていていた。
そうしないと自分が壊れてしまいそうで。
きっと耐えられなかった。
あの人は私を好きじゃない。
「ほんま気にせんといて!いつまでも引きずっとるわけないやろ!」
運命の人だと、思ったのだ。それはもう本気の本気で。乙女の運命全て投げ出して、あの人のためならなんでもできると思ったし、決めたことだといつも以上の力を出せた。
顔が好みだった。
それだけだったのに、サッカーに一途なその姿勢があんまりにも魅力的で、一緒にいるうちにあっと言う間にハマっていった。最初から片思いだったけど、いつかうちの魅力に気付いてくれるハズや!そう意気込んで、躊躇うことなどありはしなかった。
仲間のために必死なあの人の姿を隣で見ながら、一生添い遂げる気でいた。
守ってくれていた。
危険な敵から、声を絞って叫んでくれた。
『来るなッ!リカ!!!』
仲間が倒れてピンチなのに、心のどこかでは歓喜していた。
心配してくれたその事実に、自分らしくない乙女としての心が、この状況に感謝していた。
一度自分は豪炎寺に鋭いあのシュートで頭を打ってもらうべきなのだ。
仲間が傷だらけになっている時にまで、自分はサッカープレイヤーではなく、一人の女としてピッチに倒れるあの人を見ていたのだから。
(名前…はじめて)
呼んでくれた。
たった一回だ。それだけだった。あとにも先のもこれだけだった。
だからわかっていたことだ。
あの人の気持ちが自分なんかに向かないことに。
(なんであんなにカッコイイんやろ)
なんでこんなに好きになったんだろう。
惚れっぽかった自分にとって初めての恋ではなかったけれど、本気で好きになった初めての人だった。
そうして忘れられない初めての人にもなった。
あの人がアメリカに渡ってしばらくしてから円堂から渡米を聞いた。
それからまたずっと経ってから思いだしたように電話があった。
『久しぶり』
『…なんやダーリンか!ひ、久しぶりやな!』
『うん、そうだね。ごめんね、連絡も出来なくて』
『そんなん気にせんといて!』
連絡をくれとは言ったことがない。
これは最後のあの人の優しさなのだと思った。
『――だからアメリカの仲間とも絶好調なんだ』
『まあそうやろな!うちのダーリンのことやからきっと上手くやっとるって思っとったけど!』
別れの電話でもなんでもない。たいしたことない近況報告。
あんなに散々出てきたアイラヴユーの言葉が、携帯を耳に傾けながら涙をこらえていた自分にはもう言えなかった。
『じゃあそろそろ…』
『あ、うんそやな。時間も遅いし』
『また会ったら…』
『ちょい待ち』
『え?』
『大事なこと、言ってへんやん』
『…』
『サヨナラ、やろ』
『…』
『それ言いにわざわざ国際電話までしてくれたんやろ』
『…俺は』
『サヨナラダーリン』
馬鹿馬鹿しいと携帯をドアに叩きつけた。
「ダーリンのあほ!」
そしてその携帯から空しく響いたコールに涙を誘われるように、らしくもなくベッドにうつ伏せて声を殺した。
わかっていたことだけれど。
今まで何度も経験したことだったけれど。
胸の引き裂かれる思いをやわらげる助けにはならなかった。
(うちのがあほやん)
自分から切り出さない限りあの人は何も言ってはこないだろう。別に付き合っていたわけでもない。自分が勝手にわめいて側にいただけの関係だ。別れを切り出すにも始まってすらいなかったのだから、こちらから告げるしかあの人を解放する方法はないと思った。
優しいから、きっと気に病んでいるかもしれない。
けれどサッカーに真面目だから、そんなこと考えることなく練習しているかもしれない。
それでも胸に残っているかもしれない自分というしこりを外してあげなければと、いつしかそう思うようになった。
いつからだろう。
少し離れたくらいで、違う国にいるだけで、諦められるくらいの想いだったのだ。
(これくらい、たいしたことあらへんで)
いつもでたっても嗚咽が喉を通らずに、温い涙が頬をくすぐったが、目が腫れることも気にしなかった。明日会う約束の塔子に全てを話して、もう一回泣いたら、きっとすぐに忘れる。何度も何度も目をこすり、しゃくり上げ、でも悲鳴も飲み込んで、くしゃくしゃの顔のまま眠りについた。
たいしたことないと呪文のように呟きながら見た夢は、随分と気味が悪いものだった。
「やっほーリカってええ!どうしたんだよその顔…」
どこまでもナニワのギャルらしくない。
振り向かせる前に自分から身を引くなんて。
こんなにも忘れられない恋なんて。
はやくいい男を見つけて、こんな苦しい恋、はやく忘れたかった。
もう一度会ったら今度はちゃんとなんでもないって顔して、一度も言えなかった名前を言おう。
そうしてプレイヤーとして、あの人を見られるように。
『久しぶりやな一之瀬!』
笑顔で話しかけられたら、いい。
今はそう信じて、思い切り塔子の胸に飛び込んだ。
作品名:いまでもあなたが好きです 作家名:林願グ