覚えているわけがない
円堂守という男は、そんなに弱い人間ではない。
だから最初彼のこと聞いた時は、嘘だと笑い飛ばした。
けれど今、彼を目の前にしても、そんなことを言っている自分に苛立ちが募る。
嘘だ、と言っている。
そんな筈がないのに。
円堂たちがこの町へやってきたのは、いい加減に彼らがテレビでも有名になってきた頃で、さすがに俺でもそのことは知っていた。
けれども俺にはそれがどこかの夢か幻のことのようで、他の仲間たちが心配顔でこちらをうかがっているのを、ずっと知らないふりをしていた。
かといって直接に会いに行く勇気もなかった。
本当のことだと、向き合うのが怖かったのだ。
こうして仲間たちが傷付けられている様を見せつけられて初めて、これが現実なんだと理解した。
遅い。
いつも自分は、遅いのだ。
「円堂…ッ!どうして…!?」
ちらつく意識の中で、やっとそう絞り出す。
けれど見下ろすのは、あの陽だまりの笑顔ではなく、凍てつく氷そのものの冷たい瞳。
どうして、お前が―――。
そう思って、綱海はグラウンドに伏した。
「不愉快だな」
靡く髪を惜しげもなくさらしながら、彼は言った。
「一郎太か」
何が不愉快なんだ、と円堂が促すと、風丸は嘲笑して続けた。
かつて戦った戦友を踏みつぶしながら。
「だってそうだろう?どいつもこいつも、同じことばっかりだ」
明るい大地も、さわやかな風もこの地には届かなかった。
熱い南国さながらのこの土地の気候そのものが、変わってしまったかのようだった。
「何を」
『なぜ、お前が』
風丸は真剣な瞳で円堂を見つめる。
ぐっと正面から見つめる風丸の瞳は、濁って美しい。
『どうして、お前が』
「みんな、そればっかりだ」
クツクツと、風丸が嗤った。
それを、見つめていた円堂は、瞬きを一回すると、黙って歩き出した。
風丸がついてくるのが気配でわかる。
マントを靡かせて次の場所へ。
少し先の鬼道の車の前には、醜く嗤った仲間たちが待っていた。
覚えているわけがない
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伏した者の呻き声など
金色の羽根が、人知れず空に舞う。
羽ばたく音と、つまらなそうな嘆息だけ残して、羽根はどこか風に吹かれて消えていった。
作品名:覚えているわけがない 作家名:林願グ