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From her to eternity

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一目見て、彼女がまだ処女だということはわかっていた。
女が処女かそうでないかの見分け方は、今はもう亡い同僚の一人から聞いたのだった。SKGBの娯楽室とは名ばかりの何も無い部屋で、二、三人が車座になってよくその同僚の話を聞いていた。彼の話のほとんどは虚言だったけれど、あそこには彼のホラ話くらいしか楽しみが無かった。オレは大体輪に加わらず、少し離れたところで三日遅れの『プラウダ』をめくりながら彼の言葉を切れ切れに拾っていた。
脚だよ、と同僚は言った。脚と、歩き方さ。もちろん彼の言葉に何か根拠があるわけがない。けれどそれを聴いてから、女の脚を少し気をつけて見るようになった。最初はわからなかった(何しろ周りに女が居なかった)が、段々、同僚の言わんとしていたことがなんとなく、わかるようになった。
筋肉の動き、体重のかけ方、そんなデータだけからでも、その人間の人生というものが見出せることもある。
脚だ。彼女の脚はまっすぐで、そのなめらかな皮膚にはある種のみずみずしい緊張感が常に湛えられていた。
彼女は処女だった。そして今日恐らく処女でなくなる。だから何だというのだろう。なぜ自分はそんなことを考えているのだろう。
彼女の結婚式には行かない。その代わり、別の場所で彼女の花婿に祝福を伝えた。花婿はこの世界でもいちばんと言っていい、愛すべき男だ。彼女は幸せで、これからもっと幸せになる。
 

神経回路にプログラムが走って、雑多に蓄積されたメモリーを呼び起こす。
四年前のこと、オリンピックで準優勝した年、クレムリンの高級官僚どもの集まりに呼びつけられた日のメモリー。№1983110413500000。
一方的に話を聴くだけの歓談(そのメモリーは削除した)が終わり、官僚の一人が、自分の土地にこっそり建てたという闘犬牧場をオレに見せたいと申し出た。戦闘の専門家からのアドバイスが欲しいとのことだった。
モスクワからパンジャケントに飛んで、夕暮れの牧場で、オレはマスチフの檻を見て回った。犬たちは食事前の所為か、どいつもこいつも絶望に沈んだ顔をしていた。檻の中の半分はスター選手の訓練用かませ犬なのだと説明された。オレはその半分を正確に見分けることができた。かませ犬たちは、鎖につながれて、全身に噛み跡を増やしながらその短い生を生きる。最後には噛まれても悲鳴もあげなくなる。苦痛の生だ。だがそれはスター選手たちもそう変わらない。生れ落ちてから毎日血を浴びせられ、他の生き物を殺し傷つけることだけを覚えさせられているのだ。試合は凄惨を極め、犬たちのやわらかい耳は真っ先にちぎれ、体中の骨が折れる。それでも闘争心の高い彼らは、戦いを止めない。その必死の姿が美しいと飼い主は語る。やがて動けなくなり、使い物にならなくなった犬は殺される。美しいだろうか、そんなものが。オレにはわからない。オレのプログラムには美意識というものが働いていない。だが、その戦いには誇りが無いことはわかる。誇りの無い戦いは悲しい。
闘犬たちは当然、繁殖もまともにできない。しかし彼らの強い血を残したい飼い主は、レイプ箱と呼ばれる箱に固定された雌犬を用意する。強姦によってしか子孫を作れない闘犬たち。
あわれな、と同情を寄せるには、彼らは強すぎる。そしてその存在の目的が明確すぎる。他の犬を殺す、ただそれだけの生。
飼い主がひときわ大きい白い体のマスチフを撫でながら、オレの言葉を待っていた。賞賛が欲しいのだろう。
こんな立派な犬舎は初めて見ました、私の家よりでかいくらいだ。犬をもっと強くするにはどうしたらいいかって? 食事を半分に減らしなさい。
飢えは狂気を研ぎ澄ます。
 
空腹に涎を垂らし、悲痛な声で遠吠えする犬たちは、マスクの下のオレの顔に良く似ていた。


メモリーが終り、彼女に意識を戻した。まっすぐ伸びた脚の彼女。この世界で、死んでしまった母以外に、オレに笑いかける女などいないと思っていた。
オレは彼女を愛している。多分、その言葉がいちばん近い。けれど、機械に愛は無い。だからこのオレが彼女を思い出すこの気持ちには、名前が無い。
夜、目を閉じると、自分がひとつの黒く冷たい棺に変わっていることを感じる。生身の部分が眠っているのだ。有機物の循環機構から切り離された機械は温度を失い、静かに沈黙している。その時もはやオレは何者でもなく、また何人もオレに干渉することはできない。
人間は有機物で構成された管が寄り合わさってできている。そのことを考えれば、オレはただその管が鋼で出来ているというだけの話なのかもしれない。オレの体にも赤い血が流れている。(ただし成分は不凍液に近いのだが)
けれど、やっぱりどうしても、機械に愛は無い。闘犬と同じだ。戦うことしかプログラムされていない。誰かを抱き締めようとすれば食い殺してしまう。だからあなたへのこの感情には名前が無い。
 
メモリーがめぐる。一度彼女から手紙が来たことがある。簡単な近況報告と、オレの体調や状況を心配する言葉が書いてあった。一字一句違わぬようインプットしたのでよく覚えている。
手紙の最後に、LOVE、と書き添えてあった。それが定型句なのはよくわかっている。LOVE、はただそれだけの意味で、愛じゃない。
だから、オレもこの名前の無い感情に署名するために、LOVE、と添えることにしよう。
年を取らないオレはきっと老いたあなたの死を看取ることだろう。あなたは言う、まあ貴方は変わらないのね、と。オレは言う、マダム私は永遠に変わりません。永遠にあなたを思うことでしょう。
作品名:From her to eternity 作家名:nerii