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きみのひとみにこいしてる

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換気扇が勢いよく回るキッチンで土門は鍋を掻き混ぜていた。
古い鍋を母は愛用しているからシチューが焦げ付かないようにゆっくりと撹拌を続けている。
底からぐつぐつと煮立ってきて香りがさらに強くなる。
作り置きのサラダを平皿に盛って、深めのスープボウルをその横に並べた。
ふたり分。
なんでこうなっちゃったんだろ。
土門は心の中で吐息してそっと後方を窺った。
キッチンのカウンターの向こう、リビングのソファに見え隠れするひとつに纏めてあるドレッド。
トレードマークのゴーグルは今は首に掛けられていて淡い赤の、深い瞳が露わになっていた。
教科書、参考書とノートを繰り返し見ている凛とした表情が涼しげな印象を与える。
どことなく大人びても見える。
どういうことなのよ、これ。
自問してみたが、その答えは自分がいちばんわかっている。
部活の後、数学の授業の話になって、方程式の使い方がイマイチわかんないんだよなー、とぽろりと呟いた自分の発言が事の発端だったのだ。
フランスパンを薄くスライスして、熱しておいたオーブンに突っ込んだ。
市販のバターをそのままテーブルに置いてバターナイフを横に添えた。
雷門中は帝国ほどではないにしろ学業へ熱心に取り組んでいる。
あのお嬢様のお父様が理事長なのだから当然ではあるが、予想以上の難解さに編入試験をよくパスできたものだと今でも土門は冷や汗をかく。
要するに、意外と偏差値の高い学校なのだ、雷門は。
教科書レベルの問題は簡単に解けるのだが、教師が面白半分で出題する問題を土門には解けないのだった。
それについて同学年同士で話しているときに横槍が入った。
なんだ、それなら解けるぞ、教えようか。
声の主は鬼道だった。
お願いしますと軽く返した自分がいけなかったのだ。
わかった、もうこの時間だしな、おまえの家で教授しよう。
え、えー!
甲高い驚愕の声はよかったな、教えてもらえよ、という余計なものを押し付けるような声にかき消されてしまった。
そして今に至る。
土門家の門を鬼道有人は潜ったのだった。
そしてこういう日に限って父親が出張でいなかったり母親が親戚の家へ行っていたりで明日いっぱい不在だというから土門は困り果ててしまう。
夕飯の準備はしてあったからよいものの、いや、よかったのか?
うちは一般家庭に比べたら裕福な方だと思うけど財閥に比べたら貧相なもんだよね。
自嘲しつつシチューをよそった。
口に合えばいいのだけど。
グラスに水を用意して再度リビングを見遣った。
「鬼道さん、夕飯です、クリームシチューです」
鬼道は一言も発さない。
声が小さくて聞こえなかったのかもしれない。
「鬼道さん、夕飯できましたよ!」
びくともしない。
土門は深く息を吐いて首を傾げた。
集中すると周りが見えなくなる人だっけ。
いや、ちがうぞ。
びっくりするほど周りに気を配っている人だ。
ヘッドフォンもしていない裸の耳に自分の声が届いていないはずがない。
絶対に聞こえているはずだ。
「鬼道さーん、クリームシチューきらいですかー?」
いや、そんなことはない。
自分で否定する。
以前春奈ちゃんが言っていた。
音無のおうちにおにいちゃんが泊まりに来てくれたんですけど、おかあさんの作ったクリームシチューをおいしいって言っておかわりまでしたんです!
わたし、すっごく嬉しくって、やっぱりおにいちゃんはわたしのおにいちゃんなんだなってますます好きになっちゃいました!
情報はこうだというのに、鬼道の反応はない。
土門はキッチンからリビングへ移って鬼道の前に座り込んだ。
目の前だ。
確実に視界に入っている。
「鬼道さぁん……」
動きはない。
視線が合わさることもない。
どういうことなの。
これは、もしかすると、もしかする。
言いたくないけど、でも、でも。
土門はごくりと喉を波立たせて拳を握り締めた。
「……有人さん、ごはんですよ」
「……好きだぞ」
予想外の返答に頬が一気に点火した。
触らなくても熱いとわかる。
だめだ、首や耳まできっと赤くなっている。
声!
俺の声!
がんばれ!
「す、す、好きって、あの」
「ん? クリームシチューだろう、好きだぞ」
「あ、あ……ああ」
拍子抜けはしたが、正しい反応を返してくれた鬼道を土門は暖かい気持ちで受け止めた。