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君の瞳に恋してる

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口をついて出た言葉に平静を装いながらも鬼道は内心焦りの頂点で右往左往していた。
今、何を言った?
『好きだぞ』?
自分の足元、正座で俯いている土門の耳がほのかに色付いていた。
日に焼けた健康的な肌色がやけに艶めかしく目に映った。
耳の柔らかな骨を唇で挟み、耳朶を舌先で掠めたらどう反応するのだろう。
慌てて突き放すだろうか、肩をすくめて耐えるのだろうか。
きっと体を強張らせて動けないでいるのだと思う。
土門にはそう仕込んだ。
上からの命令は絶対である、と。
誇りを傷つける耐え難い沸点を越えてしまったから土門は帝国と決別し今があるのだが、放課後で部活後の自由な時間に沸点越えなど訪れることもなく、ましてや鬼道が勉強を教える側では土門は従うしかない。
皆の前ではちがうだろうが、ふたりのときに醸し出される空気はふたりだけのものだ。
立場は鬼道の方が強い。
いや、強いと刷り込んだ。
計算などではない、それが自然で普通のことなのだ。
いやらしい性格かと顧みてみたが、これが鬼道有人というものなのだろう。
だから小さく震えている土門に対して押さえつけるような視線で、どんな反応を返すのか愉しみに意地悪く待っているのだ。
「す、す、好きって、あの」
「ん? クリームシチューだろう、好きだぞ」
口角を持ち上げて笑ってみせた。
きっと目は笑っていない。
善人である土門はそれに気付かない。
ああ、と頷き項垂れていた。
「こっち、準備できてますから……」
土門に従って立ち上がり、食卓についた。
食事をした。
土門はさっきの発言を打ち払うようによく喋った。
それを鬼道は聞きながら輪郭のはっきりしないひとつの答えを探り当てた。
土門を手元に置いておきたい理由。
執着かもしれない。
帝国から雷門へ転入して、唯一残る帝国のにおい。
土門しか持ち得ないにおい。
古巣を恋しがっているのか。
ちがう。
土門の中を覗いて垣間見える帝国を共に懐かしみ想えること、それをふたりで分かち合いたいだけなのかもしれない。
会話の途切れたときに美味いと伝えた。
土門ははにかみ、ささやかに微笑んだ。
その喜んだ顔を大切にしたいと思った。


目的だった『勉強』を済ませた後、土門はテレビの電源を入れた。
平日のニュース番組が始まっていた。
「もう10時かー」
「ああ、そうだな」
リビングの窓の外は当然暗い。
ずっと放置していたカーテンを閉めた。
外と中とがようやく区切られた。
視線が絡んだ。
土門は怯えたように目を伏せる。
知っている。
目を合わせるのが怖いのだろう。
そりゃあそうだ。
妹へ向ける慈しむための目をしていないことは自分でもわかっている。
捕らえて離したくない目だということは百も承知だ。
土門はカーテンの端を握ったまま、背中越しに尋ねた。
「帰りますか?」
「……ああ、帰る」
帰りたくない。
もっと、何かを感じていたい。
それとは裏腹にテキストや筆記用具を鞄につめる。
すべてをしまい込み、鞄を肩から掛けた。
帰り支度が済んでしまった。
土門はドアの前に移動していた。
「帰り、どうするんですか」
ドアにもたれ、出口を封鎖する土門に、形のない期待をしてしまう。
だが気持ちと行動が添っていないのは自分も同じだ。
「車を呼ぶ」
24時間、いつでも応対している家の車を呼びつけ迎えに来させる。
携帯電話を取り出した。
ふたつ折りの携帯を広げる。
「よ、呼ばないでください」
土門は鬼道の携帯電話ごと指を握り締めた。
伝わる体温に高揚した。
求められていると受け止めた。
曲解でもいい、そう信じたかった。
土門を見上げると、唇を震わせ一文字に結んでいる。
「なぜだ」
「……わかりません」
じっと見つめ続けた。
咄嗟のことで土門自身考えがまとまっていないのか。
視点は定まっておらず彷徨っていた。
「あ! その、と、泊まっていけばいいじゃないですか!」
とってつけたような提案に鬼道は嫌味なほど冷ややかに返す。
「明日も学校があるのに?」
「あ……」
土門の重い吐息がふたりに纏わりついた。
意気消沈しているのか、言葉はなかった。
黙りこくっている土門を視界の端に置きながら鬼道は携帯電話を操り車の要請をする。
おおまかな場所を伝えて通話を終えると土門はリビングのドアを開けた。
引き止めても無駄だと判断したのか、体を引いて道を作る。
玄関へ向かうよう促した。
鬼道はそれに従い数歩踏み出したが、踵を返して土門の前に立った。
首を傾げる土門は邪気のないまっすぐな瞳で鬼道を捉えた。
「鬼道さん?」
「こうしよう」
「え?」
「次の土曜、また来る。今度はきちんと準備してくる」
「それってどういう……」
「歯ブラシ、パジャマ、そういったものを持ってくると言っているんだ。養父の許可も、もちろんな」
故意ではない笑みが鬼道の頬を綻ばせた。
帝国にいた頃は考えもしなかった。
目線を同じにして向かい合うことなど誰ともなかった。
当然だ、自分自身他のものに囚われていて本当の意味で周りに目を向けることができなかったのだから。
そうしたいと感じるのは相手が土門だからなのだろう。
今までの手触りもこれからの感触も共に経験することができる唯一の存在が土門だった。
鬼道は土門の指をとってそっと引き寄せた。
土門の足が一歩前に出て、ふたりの距離は縮まった。
もう片方の手で土門の腰を労うように撫でる。
「また、明日」
「……はい!」
土門は喜びを素直に出して柔らかに頷く。
初めて見る表情だった。
それを独占するのは自分だけであればいい。
お互いに好意を抱いていればいい、そう願いながらいつものようにゴーグルをかけ、もう一度土門を見上げた。
作品名:君の瞳に恋してる 作家名:ヒロサキ