二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

アンチスマイリー

INDEX|1ページ/1ページ|

 
まるで全てを諦めたみたいな、そんな顔が。


「真田。足を挫いたと聞いたが、大丈夫か?」
ちょっとした不注意だ。うっかりらしくもない考え事をして、平均台の上から足を滑らせて、落ちて、そして打ちどころが悪かった。大きな青あざができた。先生や同級生に心配されて、大丈夫だと言いながら一人で保健室に来た。しばらく右足が不自由で、体育の授業も部活も見学だと保険医に言われた。残念だが自業自得。大きな大会がちょうど終わったところだったのが幸いだと、落ち込みながらもほっとしていたところだった。
背後にあった白い扉が静かに開かれて、いつも日だまりのような笑みを浮かべているその顔が、心底案ずる目をしていたのは。
「…徳川殿。ホームルームは」
「もう終わった。お前ももう帰っていいということでな、鞄を持ってきたぞ」
あえて質問には答えなかったが、家康は気にした素振りも無く、いつも通り笑いながら幸村の鞄を掲げてみせた。
「…ご面倒をおかけしましたな。ありがとうございまする」
「気にするな。部活はどうするんだ?」
「練習は無理でござるが、顔は出すだけ出して今日はこのまま帰ろうと思っている次第にござる」
「私がそう勧めたんですよ」
 何が楽しいのか、どことなく不吉な雰囲気を纏った保険医は不気味に笑みをこぼした。保険医は、先程から幸村が一度も家康に目線を合わせていないことに気が付いていた。
「さて、仲良しのお友達も迎えに来たことですし、騒がしいあなたは正直言って邪魔なのでさっさと出て行って下さい。こう見えても私は忙しいんです」
 嫌な含み笑いだ。今の幸村がとうてい騒ぎそうもない気持ちでいることを分かっていて言っている。幸村も、幸村は知らないが家康も、この教師には好感を抱いていなかった。
「失礼致しました」
 一応ちゃんとした治療を施してくれたことについての礼は言って、扉の手前に居た家康から少し乱暴に自分の鞄を奪うと、幸村はさっさと保健室を出ていった。すると、すぐ後ろから、失礼しました、と明朗な声が追いかけてくる。
 急ぎ足の足音は完全には追いつかずに、数歩後ろで落ち着いた。
「相変わらずどことなく不気味だなぁ、あの保険医は」
「………」
「生徒を変な試薬の実験台に使ってるだの夜な夜な解剖に勤しんでるだの妙な噂が飛び交ってるが、本当だったりしてなぁ」
「...........」
「そういえばお前体操着のままだろう。着替えなくて良かったのか?」
「…武道館の更衣室を借りようかと」
「ああ、そうか」
速足で歩く幸村の隣に無理に追いつき並ぼうとはせず、しかしさして声を張り上げる必要もない距離を保っている。きっと、笑いながら。
 ぴたりと幸村は足を止めた。家康もそれに習う。やはり隣に並ぼうとはしない彼を、幸村はゆっくり振り返った。
 やはり笑っていた。
「徳川殿。某は貴殿に聞きたいことがござる」
「おお?お前がワシに?珍しいな、なんだ?」
 幸村は口ごもるように何度か口を開閉させた。その間も、家康は表情を崩さない。幸村は一度目を伏せ、そして顔を上げた。睨むような鋭い視線で家康を見詰めながら。まるでわずかな変化すら見逃さないとでも言うような。
「昨日の放課後、貴殿は某に」
 言いづらくて口を閉じた。それでも目は逸らさない幸村のその先を引き継ぐように、家康が口を開いた。
「告白したな。好きだと言った。それがどうかしたか?」
 その瞬間、幸村の表情が険しくなった。視線はさらに氷のように冷たくなった。
「…どうか、したのは」
「ワシのほうだ。…ああ、勘違いしないでくれよ。ワシは本気でお前のことが好きだ。もちろん恋愛という意味でだ。昨日失恋したばかりだしな、さっきの気のなさそうな反応はちょっとした憂さ晴らしだ。すまん、見逃してくれ」
 まいったな、と浮かべられた苦笑には、幸村が認識できる限りでは、悲しみも痛みも見当たらなかった。幸村は無意識に、奥歯をぎりりと噛み締めた。
 自分の中に湧いたこの感情が、苛立ちか怒りか歯痒さか分からない。もっと黒いものかもしれないし、そもそも本当に目の前の男に対するものなのかも正直なところ、分からなかった。
 初めて、家康が顔を歪めた。
「そんな顔をしないでくれ。お前に嫌われるのは、悲しい」
 不意を突かれて、幸村は戸惑ったように表情を緩め、目を丸くした。
「好きだ、好きなんだ。おかしいということは分かっている。けれどもワシはお前が恋しいんだ。だから、」
「―――ならばなぜ、あのようなことを!」

『好きだ、真田。好きなんだ』
『でも、何も言わないでくれ』
『お前の返事はもう、分かっているから』

爆発したかのように幸村は怒鳴った。廊下は無人だったが、人がいれば思わず振り返っただろう、それくらいの声量だった。
 あれからあの言葉がぐるぐる頭を回って離れなくて、身体を動かしていれば忘れられたのに、今日はよく晴れた日で。空を見上げたら思い出して、その結果が、これだ。
「最初から諦めている者が今更何を!」
「ああ、ああ、そうだ。ワシは、臆病だから」
静かに自らを貶して、家康はそっと目を伏せた。
「でも、ワシの言う通りだろう?
 お前はワシのことを、決して好きになってくれない」
「……ッ!!」
 なぜ伝わらないのだろう。そんなことじゃない。
 言いたいのは、決してそんなことではない。
 確かに幸村は家康のことを好きになれない。彼の人間性を認めているし、立派だと、すごいと素直に思える。
 けれども好きになれない。彼を見ていると、何か表しようもない気持ち悪さを感じる。自分の外にか、内にか、それは分からないけども。
 家康は顔を上げ、まっすぐ幸村を見た。それを人は凪いだ、穏やかな瞳だと思うのだろう。幸村には、なにかを諦め悟りきってしまった目にしか見えないのに。
「…某は、貴殿のことを好きになれぬ」
 幸村は、やっと声を絞り出した。
「そうだろう?そしてワシは、そんなお前が好きなんだ」
 家康は笑った。
 幸村が嫌いな笑みを浮かべた。
作品名:アンチスマイリー 作家名:海斗