親友
午後の授業が終わりホームルームが始まるというタイミングで、良守が閃に話しかけてきた。
「影宮、授業終わったらちょっとつきあってくんねえ?」
そうクラスメートでもある人間から誘われると、ノーとはいえない。それにどちらにしろ良守は監視対象だ。本人には言えないけれど。
ポケットから携帯を出すと高等部の秀にメールする。何か妖関連のことだったのなら、一人でも多いほうがいいだろうと判断したためだ。まだ昼間とはいえ、ここは『烏森』なのだから。
そう思ってホームルーム後に秀と合流する。良守は特に異論はないようで、二人を連れて歩き出す。
着いたのは体育倉庫の前だった。
「ここに何かあるのか?」
嫌でも身が引き締まる。閃の警戒に秀も身構えた。
「おうよ、あるある」
そしてカギも持っていないというのに錠前を開く。
「なっ?結界師の能力?」
「ちげーよ。六時間目の体育で先生がカギかけ忘れたの見てたんだよ」
「なんだ」
秀は何故かほっとした顔をしている。閃はにやりと笑った。
「小心者」
「閃ちゃんと良守君が堂々としすぎてるだけだよ!」
「たかが倉庫じゃん」
「そうそう、早く中に来いよー」
良守はすでに倉庫の中央付近に入り込んでいる。閃と秀が並んでやって来ると、閃の肩を押して放り出すように投げ飛ばす。
「わっ!?」
閃は空中で体勢を整えて着地するが、そこにあったのは床の感触ではなくもっと弾力のある何かで、閃は垂直方向にはねとばされた。
「わわわっ!?!?」
「閃ちゃん、楽しそうだね」
「はぁ?」
よく見てみると、閃がいるのはトランポリンの上だった。
「スゲーだろ。うちにはこんなでかくて立派なトランポリンがあるんだぞ」
「お前、これを見せたかったの?」
「イエス!感謝しろよ?」
「……」
閃は伸縮の止まらないトランポリンの上で器用に頭を抱えた。が、意外と秀のほうが乗り気だった。
「わーすごーい!僕も乗っていい?」
「バカ。わざわざ聞かなくていーよ!」
半ば呆れてつっこみもぞんざいになった閃にかわり、良守が楽しそうに解説をする。
「上手い奴は空中でバック宙とかするんだぜ」
「秀、やってみろよ」
「できるかなー」
うきうきとトランポリンの上で身体を上下させる秀と交代に閃は降りる。
「羽生えてるんだもん、できるだろ」
良守はにやにや笑いながら秀をたきつけた。閃はふと疑問になって良守に訊ねてみる。
「お前はできるのかよ」
「知らん。やったことない」
「――それじゃあ」
閃は良守の腕を強引に引っ張るとまだ秀のいるトランポリンの上に投げ出した。
「おおっ!?」
「やってみろ、バク宙」
「そうだね、いい機会だからがんばってみようよ!ほら閃ちゃんも」
「お前等のどちらかが出来たら俺も交代するよ」
結局。
全員、見事にトランポリンでのバック宙を果たし、帰路についた。
どのぐらいあの倉庫にいたのはわからないが、陽は大分落ちていた。三つの影が並んで歩く。
「秀、最期のほう目開いてたぞ」
「閃ちゃんみたいに身軽じゃないから必死だったんだよ」
「に、ひきかえ」
閃がちらりと良守を横目で見ると良守は憮然とした顔をした。
「どうせ俺はなかなかできませんでしたよーだ!」
「不思議だよね。烏森だとあんなに身軽に妖怪退治してるのに」
「こいつ普段の体育もあんな感じなんだぜ。もさっとしてさ」
「悪かったな!」
実戦で実力を発揮する者がいる。良守はきっとそういうタイプなのだ。
にしても、ずいぶん呑気な正当継承者がいたものだ。
――おまえ、監視対象なんだぞ。
そう言いたいのをぐっとこらえる。
「だってさー……」
良守がぽつりと呟く。
「お前らまたいつ学校出ていくかわかんねーじゃん。なんか面白いモンあったら見せたいと思ってさ」
「大丈夫だよ、しばらくは一緒にいるよ。ね、閃ちゃん」
「多分な」
「閃ちゃん~」
秀のフォローに閃は閃なりの誠実さで答えた。
「そっか、そうだよな」
良守がどこか遠くを見る目をする。その目線の先にあるものが――正確には、今はもういない人物の姿が、閃にも見えた気がした。
――志々尾限。彼はもう学校に姿を現すことはない。もう、どこにもいない。
ふいに訪れた喪失感に、閃は一瞬だけ軽く目を伏せる。――一瞬だけだ、そしたらまたいつものように笑おう。
「でも楽しかった!早く体育の授業でもやりたいな」
「目ェ見開いてな。くっくっく」
「なんでそこでそんなに笑うのさ、閃ちゃん!」
「あはは。お前等親友なのに口悪いのな」
「悪いのは閃ちゃんだけだよー」
「何だと?」
他愛のない会話を続けながら、閃はこの『いつも』のかけがえなさに思いを馳せていた。
<終>