紅梅色の多幸な現
「食われてたよな」
核心に触れることを言っても表情は変わらず、垂れた四肢もそのままに黒い眼は静雄を窺っている。
「もしかして、貴方もですか」
さてどう答えたものかと、何かしらを言いかけて開いた口は、そのまま何も発しないまま停止した。
「……帝人君が倒れたと聞いてきてみれば、どういうことですか」
トスリ、と背に衝撃が走ったからだ。振り返れば先程の錠剤と似通う真紅の瞳をした少女が殺気を込めて静雄の背に刀を突き立てていた。多少の痛みはあるが大して深く刺さっているわけではない、それより問題なのは皮膚を裂いた刃は間違いなくバーテン服も破っているということだ。
「嬢ちゃんよお、この服、弟に貰ったんだよ」
「そうですか、ごめんなさい」
「ごめんで済んだら警察は要らねえよな」
「全く同感です」
「じゃあその刀くらい折られても文句はねえよな!?」
少年を放り出し、サングラスの奥の虹彩を金色に光らせて拳を握る。鈍く光る刀身が化け物にとって致命傷になりかねない銀製だと厄介だが、少女の掌から引きずり出されたことを考えればその線は薄い。ならば思うままに潰すまで、と拳を振り上げたところで、
「はい、そこまで」
ダァン、と銃声がした。
「他人の家で死体なんか出されちゃ困るよ。しかも僕は医者なんだ、評判が落ちるじゃないか」
新羅の両手には1丁ずつ銃が握られ、銃口は静雄と少女に向けられている。先程の1発は恐らく空砲だが、それでも次からは実弾、しかも銀製のそれが込められているのだろう。そして新羅は迷いなく撃つ。
「杏里ちゃん、静雄は人間なんか食べないから。静雄も、誤解されるような行動しないでよ」
互いに睨み合い、仕方なしに拳と刀を下げる。
「帝人君もその銃、下ろそうか」
言葉の内容に少年の方を見ればいつの間に自分の両足で立ち、確かに銃を構えている。少女を庇って静雄に向けられているのかと思えば照準は新羅へ合わせられていた。そして貧血を起こしているとは思えない程、その狙いは動かない。
「園原さんは刀を下げました。新羅さんも銃を下ろして下さい」
「君も大概だよね」
やれやれと新羅が銃を下ろしたのを見届けて、ようやく少年も銃を下ろす。部屋の中を眺め回し、もう使うような事態にはならないだろうと判断したのか錠剤をしまった鞄へとそれをしまう。
「針を折ってしまってすみませんでした。弁償させて貰いますが、銃を向けたことは謝りませんので悪しからず」
「別に。弁償もしなくて良いよ、まあ分かってた結果だしね」
「そうですか。ありがとうございます」
新羅に謝り終えて少年は、次いで静雄へと頭を下げる。貧血に注意してかその動作は酷くゆっくりとしていて、彼が下げているよりも深く礼をしているようにも感じられた。
「先程はありがとうございました、それなのに刺される原因になってしまって申し訳ありません」
やはりゆっくりと頭を上げ、鞄を手にした少年は先に部屋を出た。少女は未だ赤みの引かない眼で静雄を睨んでいる。殺気は緩和されて警戒程度の睥睨ではあるものの、敵意は完全に消えてはいない。
「服のことは謝ります、ごめんなさい。でも刺したことは謝りません、非食人種だろうと捕食者は捕食者です」
ぺこり、と会釈して少女も少年を追って部屋を出て行く。最後まで瞳は赤いままだった。
「……何なんだ、アイツ等」
「僕達の後輩だよ」
「あんな物騒な後輩、いた覚えねえよ」
「君達に比べたらどう考えても平穏だし、無害で、道徳的だ。俺は君や臨也の口から弁償の意思なんて聞いたことすらないよ」
新羅はケロリと笑いながら折れた針を捨てている。何本折ったのかバラバラとゴミ袋へと落ちていく針は銀を彷彿とさせたが、そのうちの幾つかに付着した血液に否応なく嗅覚が反応する。
食欲を刺激され、やはり関わりたくなかった、と舌打ちして静雄は煙草に火を点けた。