鉄の棺 石の骸番外9~…………~
敗者は、ブラックホールに飲み込まれて消える。
遊星から伸ばされた手を、ブルーノは拒んだ。どうやっても、敗者の末路は変えられないのだ。遊星がブルーノを救出しようとすれば、その分時間を消費する。遊星が脱出に失敗すれば、勝者も敗者も二人とも、このブラックホールの中で消滅してしまう。
それは嫌だな、とブルーノは思った。遊星に世界の命運がかかっているからとかそんな理由ではない。正体が明かされてもなお仲間だと言ってくれた彼を、こんなところで失いたくないからだ。
ブラックホールからは、光でさえも抜け出せない。だが、アクセルシンクロは光をも超える。
アクセルシンクロと、デルタ・イーグルの力があれば、遊星一人だけならここから脱出できるのだ。
思えば、デルタ・イーグルには苦労をかけた。海に落ちたきり半年間海水漬けにしてしまったり、復帰早々ゴーストやプラシド相手に酷使させてしまったり。デルタ・イーグルには散々な目に遭わせてばかりだった。
だが、それももう終わりだ。
ブルーノは、最後のアクセルシンクロを敢行した。光よりも速い速度で、デルタ・イーグルごと遊星に突っ込み、前へと押し出す。
ブルーノの目論見は成功した。遊星を乗せた真っ赤なD-ホイールが、ブラックホールの入口へと押し出されるのが見える。
最後まで、遊星はブルーノを呼び続けていた。
――遊星……。
デルタ・イーグルが、負荷に耐えきれず爆発する。
親しかった仲間の姿が、爆風に覆い隠されてすっかり見えなくなった。
遊星の呼び声も消えた。後に残るのは、光さえない静けさ。暗闇の中、彼は漂い続ける。
――終わったんだね。僕の役割。
後悔はしていない。二度目の生も、とても有意義な物だった。
使命だとか、記憶とか。振り返ってみれば、遊星たちと過ごすのにはそんなものなくてよかったのかもしれない。
記憶だけは、なくした時すごく困ったのだが。まさか、使命の最初のところで、記憶が一部と言わず全部なくなるとは思いもしなかった。しかも、同士討ちのような形で。あの時のことは、Z-oneにとって想定外だったのだろうか。
使命は最後までハプニングだらけだったが、おかげで余計な偏見を抱かずに遊星たちと付き合うことができた。遊星たちのことを心から仲間だと思うことができた。
遊星の方も、仲間だと言ってくれた。あの時は、本当に嬉しかったのだ。真の意味で仲間だと認めてくれたことが。
そこまで考えて、彼は遊星の心情を思いやった。
遊星は、自分が傷つくよりも何よりも、仲間が傷つく方が何十倍も何百倍も大嫌いな人だった。アキがチーム・カタストロフにやられた時も、ジャックやクロウがWRGPで傷つきながらも戻って来た時も。遊星にとっては身を切られるほどに辛い出来事だったに違いない。
近くで見てきた分、彼は遊星の仲間への思いをよく理解しているつもりだった。
先ほど、遊星はブルーノを仲間だと言った。遊星にとって仲間の死は最大級に辛いものだ。きっとこの後、遊星は仲間の死を嘆き悲しむのだろう。
ごめんね、と彼は遊星に謝った。この謝罪の声は、遊星には届かないけれど。
――だけど、これでいいんだ。遊星はどこまでも走り続けられる。僕の導きがなくても、もうどこにだって行ける。
――最後に、君の新たな可能性を、君だけのアクセルシンクロを伝えることができた。だから大丈夫だ。
――行くんだ。遊星。次はZ-oneが待ってるから。
彼は、もう一人の仲間に思いを馳せた。このアーククレイドルで、最後に遊星の前へ立ちふさがるはずのあの人。
未来を破滅から救済するために、今まで一緒に頑張って来た人のことを。
――Z-one。ごめん、負けちゃった。負けちゃったよ僕。強いなあ、遊星は。
――流石、僕たちが大好きになった決闘者だけあった。
仲間と思っていた者と戦う死の決闘ではあったが、遊星との決闘には心のどこかがわくわくしていた。決闘者の性は、一度死のうがコピーとして復活しようが、なかなか消えないものらしい。
人生の最後に、敬愛する決闘者と戦えたのは幸運だった。遊星の持つ無限の可能性を、この身で味わうことができた。
これでこの世界の行く末を、遊星たちの手に託してもいいと、自信をもってZ-oneに断言できる。Z-oneの方に、遊星に抱く希望がまだ残っていればの話だが。
この後、Z-oneは一人で遊星たちと戦う。多分、Z-oneの元に、仲間はもういない。パラドックスやアポリアが今どうなっているか分からないが、全員でZ-oneを一人この世に置いて行ってしまうことになる。それも一度ではなく、二度も。
Z-oneが仲間たちを復活させるのには、結構な時間を要した。その間、Z-oneはたった一人きりだった。他に生き残りもなく、たった一人で仲間を復活させようとしていたZ-oneの孤独感は、想像してみると恐ろしくて悲しい。
そしてまた、仲間はZ-oneを二度も置いて行くのだ。Z-oneをよく知る者たちは、この世から一人としていなくなる。
Z-oneが寂しがり屋でもそうでなくても、この事実はZ-oneを酷く苦しめるのだろう。
この結末に、後悔はしていない。それでも、Z-oneを一人置いて行くのには心残りがある。
もしあの世というものが本当にあったなら、そこの入口あたりでみんなで待っているから、慌てずにゆっくり来て欲しい。急いで駆けつけようとして転んでしまったら大変だ。
彼は、昔のように四人で集まるそんな光景を心に思い浮かべた。
――そうだ。僕、君にファン対決で一度も勝ったことなかったね。
恐らく、Z-oneは遊星との決闘で、「遊星の人格データ」を切り札として出してくる。アンチノミーとの対決では待ったを渋々許していたZ-oneも、最終決戦とあらば、自分の持てる手札全部を遠慮解釈なしに使うに違いない。
それを抜いても、アンチノミーはZ-oneに一度として勝てなかった。これまでは。
だが、彼にも今度ばかりは取って置きの切り札があった。この時間軸の「不動遊星」という切り札だ。
遊星は、ゼロ・リバースから始まる自身の苦難を潜り抜け、その度に大きく成長してきた。不可能と思われる状況を、遊星が仲間と一緒に幾度となく引っくり返したのを、ブルーノとして見てきた彼はよく知っている。
うまくすれば、敵であるはずのZ-oneをも救ってくれるかもしれない、最高のレアカードだ。
残念なのは、Z-oneと遊星の勝敗を、この目で見届けられないということなのだが。
――でも、遊星は勝ってくれる。彼の強さは、ずっと傍で見てきた僕が保証するよ。
彼の身体はブラックホールの奥へ奥へと落ちていく。
この先に待っているのは、ブラックホールの潮汐力による素粒子レベルの分解。それで、彼の存在はこの世から消滅する。
最期の時は、平穏であるといい、と彼は願った。彼自身にとっても、仲間たちにとっても、Z-oneにとっても、最期はせめて平穏であれ、と。
――じゃあね、さよなら。「次」があったら、また……。
そこで、彼の意識は潰えた。
(END)
2011/3/13
作品名:鉄の棺 石の骸番外9~…………~ 作家名:うるら