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命の洗濯

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その日の勤務を終え、兵舎備え付けの浴場へ向かう。
 仕事を終えた後の一番の楽しみを問えば酒と答える者が多い中、彼は下戸だった。
 サナ。王家直轄領であり、王墓の離宮のあるこの地域には、隣邦やもっと遠くの地域から衛士となる事を志願し目指してくる者も多い。
 彼もまた、そのひとりだった。
 元来よりサナに実家のある者はともかく、家族と離れて暮らす者、また家族のない者は多くは兵舎に入る。いくばくかの費用はかかるが、自分で住まいを確保するよりは遙かに安いし、食堂も備えられている。敢えて一人暮らしを選択する者は多くなかった。
 また、サナの兵舎には、他のまちの衛士隊のそれとは抜きんでて違う特徴があった。
 浴槽を満たすのは水を沸かしたさら湯ではなく、地より湧き出す暖かい水。温泉なのだ。

「おっ、誰もいねえ」
 どうやら一番風呂にありつけたらしい。男は鼻歌交じりに洗い場で汗を流すと、浴槽に向かった。ゆっくりと湯の中に身を沈めると、張りつめていた心が少しずつ綻んでくるような気がした。
 ここ数日、サナは緊張に包まれていた。
 [盗賊の少年]ひとりを探すのに厳戒態勢が布かれている。自然、いつもより長時間の勤務となるし、仕事中ずっと精神的緊張を強いられているというのは、きついものだ。
 湯の中で、ぐっと手足をのばし、ストレッチをする。
 今ならば、誰に気兼ねすることもない。
 鼻歌が徐々に大きくなり、仕舞いには歌いだした。広場で詩人が歌っていた、妙に耳に残る旋律。浴場に反響するさまが愉快で、調子っ外れながらも歌いながら存分に身体を動かしていると、がらりと脱衣所の方の扉が開いた。
 バランスを崩しばしゃりと湯の中で倒れると、心配半分、苦笑半分の声をかけられた。
「大丈夫か? 楽しそうだが気をつけろ」
 その声には、大いに聞き覚えがあった。
「分隊長!」

 王家直轄領であるところのサナ衛士隊の総隊長や副長には、もともと王府で近衛兵を務めていたような、いわばエリートコースに乗っている者が就く。そうしてポストがあけばスライド式に昇格していく。下級貴族の出身で、ある程度腕に覚えのある者はその途を通ることが多い。
 だが、分隊長は違う。
 これは、本当に腕の立つ者が就く。平民出身でも、その腕が認められれば就ける。つまり、真の実力者である……というわけだ。
 十月隊のオルハルディ分隊長は、正真正銘の平民からの叩き上げで、そしてその腕は確かだ。男は他の一般隊員同様、この分隊長に憧憬の念を抱いている。そんな相手にこのような姿を見られるのは、なかなかに恥ずかしいものだ。
「その、今のは……」
 申し開きをしようとすると、一笑に付された。
「気にするな。休息は大事だ。ここのところずっと忙しいからな。それで気が紛れるならいくらでも歌ったらいい」
 胸をなで下ろし、湯から上がった。
「そうだ分隊長、お背中流します!」
「ありがたいが、別に気を使う必要は」
 みなまで言い切らぬうちに言う。
「俺がやりたいんッス!」
 オルハルディの方もそれ以上無碍に断ることはせず、小さな椅子に腰を下ろした。
「そうか、じゃあ頼む」
 向けられた背にはいくつもの傷痕がある。もちろん胸側にもあるが、今はこの広い背に隠れて見えない。
 騎士や戦士の中には、背の傷は敗走のしるしと謗り忌避するむきもあるが、男は知っている。この、オルハルディの背の傷は、ほぼすべてが誰かを庇って負ったものであることを。
 衛士としては、むしろ勲章ものだ。
 どの傷も跡を残すのみで、すっかり治癒している。遠慮なくごしごしと擦り、湯桶に汲んだ湯で流す。
 感謝の言葉にどういたしまして、と応え、ここ数日の疑問を口にした。
「……オルハルディ分隊長」
 いち衛士に過ぎない自分としては、踏み込みすぎなのかもしれない。けれど。
 これまでにも、王墓の宝物を盗み出そうとする不届きな輩はいた。だがそのすべてが未然に防がれ、あるいは逃走前に捕らえられた。何せ出入り口が限られている。
 今回はその報せが届くルートもおかしかった。番をしていた衛士ではなく、上層部から。
 しかも、入るところも出るところも目撃されていない。その少年が賊であるという根拠は、少年自身が身につけていた指環だが、それが本当に王家の墓から持ち出されたものかもわからない。身びいきかもしれないが、番をしている衛士の誰もが見咎めることが無かったとは考えにくい。
 詩人の歌。やけに耳に残る旋律の一節。
 三番目の王子の歌。
 もしもそれが真実であれば、腑に落ちない部分がぴたりとはまりこむ──そんな気がしたのだ。

「どうした?」
 俯き口を噤んでしまった男の言葉の続きを促すように、オルハルディが声をかける。
「──すみません、なんでもないッス」
 首を振ると、自身の洗体を済ませたオルハルディが立ち上がり、男を促して浴槽へ向かった。男もそれに従い、湯船に身を沈めた。
「おまえの悩みの具体的な内容は、俺にはまだわからないが……悩んでいることはわかる。それが衛士としての仕事を通じたものであることも、なんとなくだが」
 ざばり、と腕を出し、浴槽の端に乗せてリラックスした姿勢をとると、オルハルディは男に視線を向けた。
「役職は関係ない……そうだな、ただの仕事仲間として、話してくれないか?」
 再度そうして促され、男はぽつりぽつりと語りだした。
 まさかその内容が、オルハルディ自身も感じ、衛士として、分隊長としての立場との板挟みになっていることだとは知らずに。
「すみません……こんな事。でも、聞いて貰ったらすっきりしたッス」
 ちょっと違うけど、告解って本当にラクになるものなんスね、ありがとうございます。と、オルハルディに笑みを向けた男の心は本当に晴れやかだった。

「それじゃあ、お先に失礼するッス」
 ざばりと湯船から抜け出し、軽く会釈をして脱衣所に向かった。久々に今夜は、よく眠れそうだ。
作品名:命の洗濯 作家名:竹観 悠然