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きみは白紙のゆめをみる

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一度、いわゆる自分の限界というものに挑戦してみたことがある。
挑戦、というよりもなんだろ、知ってみたくなった、自分が果たしてどこまで無茶できるのか、体はどこまで耐えられるのか。
自分の体をぎりぎりまで追い詰めてみたくなった。
そのときの自分は別に成績が落ちたとか、テニスでスランプとかそういうわけじゃなかった。ただいつもどおり。成績は10番に入るくらい、テニスもいつもどおり完璧、勝てない相手はいるけど。
ただ、その上を目指してみたくなった。成績で3番以内に入ってみようとか、今の時点では絶対に勝てない相手(立海の幸村くんとか青学の手塚くんとか)に勝てるようになりたいなあ、とか。思った。
たぶんそれは自然なこと、なんだと思う。異常だとは思わない。

そして俺はぎりぎりの生活をし始めた。
まず寝る時間を削った。12時の前には必ず寝ていたのを2時くらいまで起きてることにした。それは勉強の時間に充てた。
それから趣味の映画を見る時間も毒草の図鑑を見る時間も無くした。全部テニスをすることだけに捧げた(そもそもテニスだって自分の大好きな趣味のひとつなんだし)。
部活が終わってから一人でする自主練も時間を増やしてかなり遅くまでやった。家ではみんながご飯を食べてる時間までやった。
それから遅く帰宅して一人でご飯をあっためて食べて、さっさとお風呂に入って勉強した。
そんな毎日の繰り返し。
正直楽しくはなかった。きつかった。でも、これが成功したら俺は本当に完璧な人間に成れるんじゃないか、って思うとなんだかとてもわくわくしたのだ。



けど、人間の体というのはそう丈夫に出来てなかったみたいで(単に俺の体が脆かっただけなのかもしれないけど)、俺はものの1ヶ月ほどで駄目になった。
倒れたらしいのだ。いきなり。朝の朝礼の途中で。
らしい、というのは俺は覚えてなかったから。

気づいたら見覚えのあるベッドの上だった。微かに消毒液の匂いがする。
ぼんやりと目を開けた俺は、そこがどこだかは分かったけれど、でも何が起こったのか理解できなくて、とりあえず体を起こそうとした、ら。

「蔵」

とても聞き覚えのある声がした。
大きな手が俺の頭に下りてきて、ふんわりと俺の頭をベッドに戻す。
ただでさえだるくて重い体なのに、そんなされたら起き上がれるわけもなくて、仕方ないからそのまま寝転んだまま、俺はその声のほうを見上げた。

「ん…千歳…」

声と手の正体は確かめるまでもなく千歳だった。
大きな手が耳のあたりから肩のラインまでを緩やかに撫でてくれて気持ちいい。
なんだかこの感触は久しぶりな気がする、ああそうか最近そういえば千歳と一緒に過ごしていなかった気がする。忙しかったから。

「なんで、俺、ここ…」

優しい温度と感触に眠気を煽られながらも俺は疑問を口にした。
俺の最後の記憶は朝礼で校長のあほみたいな話を聞いてたところまで。
そこからの記憶がさっぱりなかったから、全く状況が掴めなかった。

「倒れたとよ、朝礼で。覚えてなか?」
「全然」

倒れた、と言われても実感がない。そのときの記憶がない。
特に体調が悪いような感じもなかったから、嘘を吐かれてるみたいな変な感じ。
起き上がろうとするとやっぱり千歳の手で制される。もう平気なのに。

「今何時?」
「もう授業は全部終わったとこ」
「あかん、部活行かんと…」

言うと千歳の目が少し悲しそうになる。
俺は今変なことでも言ったのかな。よく分からないけど。
千歳はそっと俺から手を離した、かと思うとゆっくりとベッドへ上がってくる。簡易ベッドが鈍い音をたてた(古いから壊れそう)。
そのまま布団に潜り込んできて、俺を背中から包み込むように抱きしめた。
千歳の大きな腕がしっかりと俺の胸を抱く。逃げられそうにないみたいだ。今日の部活は無理かなあ。
すん、と千歳の呼吸が頭の上から聞こえる。髪にすり寄せられる千歳の体温が気持ちいい。胸に当たる手の温度も。
しばらくただなされるがまま千歳に抱きしめられてぼんやりしてると、千歳がゆっくりと口を開いた。ちょっと沈んだような声。

「頑張りすぎばい、蔵」
「ん?」
「なんでそんなに無理すっとね」

ちょっと千歳の言ってることが分かんなかった。
頑張りすぎてるとか、無理なんてしてるつもりはなかったんだけどな(でも倒れたってことは無理してたのかな)。俺の体ってほんと脆い。
倒れたことは否定出来ないみたいだから、つまり無理してたってことも否定できないみたいだから(俺はそんなつもりないけど!)、大人しく理由だけを答えることにする。

「もっと上に行きたかっただけ、やけど」

素直にそう答えたら抱きしめてくる腕の力がちょっと強くなった。
抗議するつもりで千歳の手を掴むと、その手を握られる。指が絡められてぎゅっと繋がれた。
千歳はなにが気に食わないんだろ。よく分からない。

「何が嫌?」
「え…」
「蔵は、今の状態の何が気に食わんとね?」

何が、と言われても困ってしまう。
千歳はたぶん勘違いしてる。
別にそういう追い詰められるような気持ちでやってる気なんて無い。強迫観念に駆られてるつもりもない。
ただ、どこまでいけるのかやってみたかっただけ。それに俺の体がついて来られなかっただけ。ただそれだけ。それだけなのに。

「そういうんや、ない、けどなあ」

でもそれを言って千歳は分かってくれるのか、分かんない。
ただの強がりだって思うのかな。
俺が言葉を濁していると、千歳はそれ以上追求してこなかった。

「蔵、あんま無理せんでほしか」
「んー…」
「蔵が壊れそうで怖かよ」

千歳は寂しそうに言う。
乾いた唇が俺の首に擦れてくすぐったい。
思わず笑いそうになってしまったけど、ちらりと見えた千歳の顔が酷くしょんぼりとしたものだったから俺はちょっと困ってしまう。

壊れるって、なんだろう。
千歳は何を心配してるんだろう。俺はそんなに壊れそうに見えるのかな。
千歳は俺のことを繊細に考えすぎだと思う。
俺は何も、努力することに何の疑問も感じてない。だってそれは俺が完璧であるためのこととして当たり前のこと。
そして俺が完璧であることは四天宝寺の部長として絶対のこと。
別に俺はそのことに何の疑問も感じてない。
ただ今回はちょっと、体がついてこれなかったみたいだけど。

千歳は俺に幻想を見てる。きっと。
千歳の中野俺はとても弱い子。
弱くて脆くて儚くて完璧でいるためならいくらでも自分を殺すような、そんな幻を見てるんだろうな。
違うよ、千歳、俺はそんな風に悲しんで生きてないよ。
俺は大丈夫だよ。そんな風に苦しんで生きてないよ。
だからそんな風に俺のことを思って、見えない俺の影のことを思って悲しまなくたって、いいから。

俺はそんなに弱くないよ、千歳。
作品名:きみは白紙のゆめをみる 作家名:ふづき