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ダーチャにて 6

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ダーチャにて 6


 「何年ぶりかな」
 「何十年ぶりの間違いだろ」
 「一世紀経つよ」
 「ああ、軽く越えてるな」

 記憶にあった庭とは、随分様変わりしていた。数十年ぶりだとは言え、それはもう、全く違う庭と言っても良いほどだ。少女趣味甚だしい、可愛らしい色形の花を中心に設えられていた庭はすっかり姿を消し、野菜畑が畝を連ねて広々としている。花もないではなかったが、随分隅っこに追いやられ、本当にここに居ても良いものかとでも問いたげに、頼りない風情で茎を揺らしていた。
 ロシアが手にしているものも、曲線が美しかった鉄製の小さな植木鋏から、無骨な鍬に様変わりしており、ロシア自身は、まるで彼の姉がよく着ているような粗い綿の野良着を、サスペンダーで吊って農夫然としている。その姿は海峡向こうの髭面を彷彿とさせて、いやに腹立たしかった。
「何だよ、そのダセぇ格好は」
「スーツや軍服で農作業する趣味はないよ」
「何で野菜なんだ」
「食べられるからだよ」
僕んちにどんなことがあったか、知っているでしょう? と肩を竦めるロシアに、イギリスはチッと舌を打った。
「案外楽しいよ」
「田舎臭ぇ」
「君も田舎好きじゃない。湖水地方だっけ」
「一緒にすんな。全然違う」
「そうかなあ」
 かつてと同じ場所にある、見覚えのあるテラステーブルに腰を落ち着けて、かつてとは全く違ってしまった景色を眺めながら、イギリスには濃すぎる紅茶を一口啜り、眉をしかめ、改めて指摘した。
「で、何だよ、そのダセぇ服は」
ミルクは、先刻に今日はないの、と一蹴されていた。
「姉さんが作ってくれた服に悪口言うなら、殴るよ」
 不愉快そうに顔を歪めて、好戦的な笑みを浮かべたロシアは、テーブルに肘を突き手のひらに顎を乗せている。まるで、自分の生首を捧げ持っているようにも見えて、イギリスはその幻を打ち払うように、かぶりを振った。
「ウクライナには似合ってたが、てめぇが着てもダサいだけじゃねぇか」
「イギリス君、姉さんの胸だけ見て、そう言ってるでしょ」
「ウェストも尻も太腿も足首も見てるぞ。ああ、勿論顔もだ。あの顔は良い」
そう言うと、ロシアは呆れた、とばかりに眉尻を下げた。
「君、相変わらずだね」
「そうコロコロ変わってたまるか。てめぇじゃあるまいに」
「間違い続けるくらいなら、僕は喜んで変節漢と呼ばれるな」
椅子にゆったりと背中を預けたロシアは、紅茶を傾けつつ哀れむようにイギリスを見つめる。
「ケッ。てめぇはどのみち何でもかんでも間違えるじゃねぇか」
「あれ、僕は一体何を間違えたかな」
その視線を受けて、イギリスは逆に身を乗り出した。そして藍と白の紅茶茶碗を持ち上げ、見せつける。
「まずは目下この茶だな。濃過ぎだ。味も香りもへったくれもねぇじゃねぇか」
「渋いのならジャムをどうぞ。クリームチーズの蜂蜜掛けもあるよ」
「……」
「そんな目で見ないで、騙されたと思って食べてみて。僕が作ったんだよ」
「で、実際騙すんだろお前は。言ってみろ、何を混入した」
警戒心を顕にするイギリスに、ロシアは心外だと言わんばかりの顔をする。
「君と一緒にしないでくれるかな。僕のはちゃんと食べられるし、フランス君だって美味しいって言ってくれるよ」
「あの腰抜けがお前に逆らえるものか」
「プロイセン君とアメリカ君もだよ」
思わぬ名前に出会し、意表を突かれて、イギリスは口を噤んだ。ロシアも、あ、と声を漏らし、拗ねるように目を逸らす。
「来たのか」
「うるさかったから、仕方なくね。一度だけ呼んだかな」
「趣味の悪い野郎だ」
「それには同意するよ」
「ここに誰が来ようと別に俺には関係ねぇけどな」
「それにも同意するよ」
 何となく会話を続ける気力がなくなって、イギリスはそれをごまかすために、目に付いた赤く甘いジャムを無闇に口に押し込んだ。銀の茶匙は細かな装飾が施されているが、手入れが行き届いていないのか、所々に黒ずんだあとが見える。
「美味しい?」
 様子を伺うように、ロシアがそっと尋ねた。
「まあまあ、だ」
 ジャムを口にしてしまったことを後悔しながらそう言うと、ロシアは嬉しそうにうっすら微笑んだ。
「うふ、良かった」
「俺は良くねえ」
口いっぱい苦虫を詰め込んだような気持ちで吐き捨てると、微笑んだ目はますます細められる。
「そうだね、毒入りだもの。イギリス君、君、もう助からないよ」
そう凄む淡い金色の睫の下、半ば隠れた薄紫の瞳に、イギリスは一瞬縛られたように動けなくなった。
 その目の方が余程、毒がある。そう言い返すこともできず、ただただ負けじと睨み返して奥歯を噛みしめる。背筋を汗が一筋、駆け降りていくのを感じながら、イギリスは辛うじて虚勢を張り、片方、口の端を渾身の力で釣り上げた。
作品名:ダーチャにて 6 作家名:東一口