急かさないで秒針
背丈はとっくの昔の昔に越され、つむじがとても可愛いですなんてからかわれたこともある。そうして穏やかに控えめにと微笑するのだ。まるで春をひたと待つ冬へ向け、熱をゆるりと蓄えてゆく秋のように振る舞う。
青葉くんはそんな趣きのこから、そんな趣きのひとになった。
かのひとは美大に入学したが、自分の進学した大学の近郊であるということ。互いに寮がなく、通うのに丁度よい一人暮らし先の物件が、大雑把にはルームシェアすると具合のいいものであったということから始まった。
全くそういった感情を持っていなかったとは言わない。認めれば、あの火種の行き交う高校時代からの共有する時間が増えて、逢わない時間の方が違和感を感じていたかもしれないのだから。兎も角、そんな風なままで以前にも何割か増しで傍らにくっ付いているから薄味にも流された。
ようやっと恋愛感情で繋ぐ関係になって、穏やかな接触のみに浸る季節をぐるりと一巡りしての、僕にとってはゆとりあるスローペースを十二分に経てからそういうことをいたすようになって。初めての深いキスで思ったのは、歯列をなぞり返せば随分と愛らしい尖り具合の八重歯があるというものであった。
意外と触れたがりの元は可愛らしかった恋人は雨粒のようにキスを沢山落とす。それと同じくらいかわいいかわいいと繰り返し囁きを降らせる。甘さによろけて、空気中で揉まれて消化されていってしまいそうに薄い溜息を吐く。嘆いているというには嘘くさい。
大学と同棲している部屋の約中間にあるそれぞれのアルバイト先からお互いに帰宅し、なんとなしに身体の一部はくっ付けたままで、だらだらと日付を跨いでいた。
「明日お互い休日ですよね、しませんか」
お誘いは青葉くんからのが多い。というよか殆どである。こういったことに関しては流されることのが自分の性に合っているので。
「うん、まあいいけども」
「それじゃ」
緩慢な動作で腕を此方に伸ばし頤に指を掛け、目蓋を閉じるように促された処で思い返す。
「あ、ごめん青葉くん。今日はキスはちょっと…、」
相手のものの吐息が、口元を隠した手に指に当たって些か照れるが一時停止を示す。
「気が乗らないんですか?無理強いはしたくないので、」
「んや、違う違う。その、……………口内炎が痛くて」
そんな事実を、非常に残念ですがと続いていた萎れていく声に混じらせた。
「…分かりました。治ったら沢山しましょうね」
それだけは昔と変わらぬ、悪戯っこの顔に戻り微笑まれたのであった。
「せんぱーい、」
若葉色した弾む声が廊下を滑った。
「今下校するんですよね、ご一緒してもいいですか」
「あ、まあ、いいけども」
ご一緒する故もないがお断りする故もない。扱いを持て余している此方を察した青葉くんは、悪戯っこのする笑みをしたのだった。
これは多分、いかにもいつかの切り貼りのデジャビュ。苦笑を滲ませられる、しがないいつかの正夢になるのでないかという思考が感情をくすぐった。
…寝相に抱き付き癖のある青葉くんの拘束にもがけずにいて、休日なのに早々と起床してしまった朝にふと昔の昔のことを思い出した。
気配に反応したのか解けない戒めに更に力を込めて、未だ夢の中に半身を置いたままの青葉くんがもごもごと言う。
「…おれのことだけ想って…くださ……い…」
ああこういう処だけは変わっていないのだなと、それでも指摘してやらない自分も変わりが見受けられない。だって自分は、そのように青葉くんを愛おしんでいるんだもの。