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璃琉@堕ちている途中
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きっと運命だった

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「久しぶりね」

言って女は駅名標に触れた。
白いそれを愛おしげに撫でた白い指先は、黒く汚れる。けれど、女が湛えた微笑はどこまでも清らかで、美しかった。

「ああ、本当に」

言って男も笑った。
全身は鴉のように真っ黒でも、口元に浮かぶ微笑は、潔く、綺麗であった。
二人が立っているのは、ずっと以前には活気のあったホームだった。廃駅として名高く、立ち入る者はいない。ただ、田舎のせいか放っておかれるそこには、稀に人影が認められることがあった。
きっと誰かが想い出に耽っているのだと、人々は口にした。そして、それは本当のことで、だから二人も、そこを目指したのだった。
―同じ日の、同じ時間に。

「ずっとこのままかも、ね?」
「何だい?」
「貴方、少し老けたわ」
「言ってくれるね。君こそ、目尻の皺、隠し切れてないよ」

他愛ない会話は風に溶ける。あの頃に限りなく近く、けれど、確かに違う風に。

「ねぇ、覚えてる?」
「うん?」
「貴方、ここで私に言ったのよ。もう、」
「もう君を側には置けない」
「…ええ」

最初で最後の旅行だった。
いつもの笑顔をはりつけたまま、男はきっぱりと告げたのだった。

「君こそ、覚えてるかい?」
「私ももう、貴方の側にはいられない」

そして、女もまた、いつもの無表情を崩さぬまま、はっきりと応えたのだ。

「…」
「…」

互いに確かめるように、二人は黙りこくって見つめ合った。
絶え間なく吹く風は、あの頃よりも、暖かい。

「全部、失った。だけど、これだけは手離せなかった」

先に口火を切ったのは、出した掌に指輪をのせた男だった。
指輪には錆一つなかった。ただ、陽の光を受けて銀色に光り輝いていた。
見慣れたそれか、陽の光か。それとも、男か。
眩しそうに瞳を細め、女もまた、コートのポケットに手を突っ込む。

「失うものは、全部失ったわ」

揃いの指輪をのせた掌は、震えている。

「もう、良いのかな」
「…」
「もう、君のことだけ愛しても良いのかな」
「…っ」
「波江のことだけを、愛して良いだろ―――」

抱き締められた所為で、女の必死に堪えていた涙が、男の指輪に落ちた。

「っ、ずるいわよ…!」
「ごめん」
「あの時も今も…っ」
「ごめん」
「私から言わせなさいよ―――」

女のきつく握った拳を捧げ持ちそっと口づけると、男は包まれた指輪を取り上げた。

「これ、頂戴」
「え…?」
「君が大切にしてくれたこれに、誓う。今度は君が大切にされるように」
「…相手は選べるのね?」
「うん」
「相手に…っ、貴方に拒否権はないわね…っ?」
「もちろん」
「だったら、それは私に寄越しなさい…!」

僅かに紅い瞳を丸くした男の手から強引に奪った指輪を、女は自ら左手の薬指に嵌めた。

「折原臨也。貴方のことは、私が大切にしてあげる」

この指輪に免じてね。
そう加えた女の顔は涙でぐしゃぐしゃだったけれど、それでも男には、何よりも尊く、何よりも愛しく感じられた。
だから、

「好きだよ、大好きだ。今までも、今も、これからも。ずっと」

苦しいと呻く女を抱き締め直した。

「…ずるいわよ、本当に」

まだ泣き顔は見せてくれないのね。女はぽそりと、心中で呟いた。



二人が去ると廃駅には再び、静寂が訪れた。
もう長い間変わらなかったそこだけれど、駅名標には幸せな指の跡が残った。
相合傘には、二人が書いた互いの名前が並んでいた。





『きっと運命だった』