サプライズ
誕生日というのは普通、祝われる人がサプライズを受けたりして驚くイベントなんじゃないだろうか。一週間前、俺が謙也さんに何をあげようかPCの液晶をぼーっと眺めていると、突然携帯が鳴り、勝手に17日の予定を入れられてしまった。約束の相手はもちろん謙也さん。あらかじめ誘うために予定は開けていたものの、こういうのは祝う側である俺から誘うことが一般的だと思っていたから、間の抜けたような返事しかできなかった。はあ。溜息をついて、画面をスクロールさせる。謙也さんは、ああ見えてあまり欲のない人だし、いっちょまえに気遣いもする。何が欲しいか聞いてもいっこうに答えてはくれない。本当は欲しいものなんて何もなくて、自分のプレゼントがただの自己満足になってしまんじゃないかと思うと、マウスを動かす手が止まる。あの人がもっと俺に心を許していたら、何でも言ってくれるんじゃ。そう考えると1年で一番大事な日を、俺と会うことで台無しにしてしまうような気がして少し、秒針の音を煩わしく感じるのだ。
当日。謙也さんはわざわざ俺の家まで迎えにきた。ちゃんと待ち合わせ場所は決めたし、時間には遅刻していない。いつも通りの服装で、玄関に佇む謙也さんはいつも通りのアホ面だ。
「よお」
「…時間間違ってましたっけ」
「いや。はよー会いたくなって」
さらっととんでもないことを口走ると、早く早くと急かす。まだ整えきれてない髪先を弄りながら、俺は急いでスニーカーに足を突っ込んだ。春はもう近いはずなのに、風は冷たい。少し先を歩く謙也さんの耳がうっすら赤いのをみて、この人も寒いのかと妙な安心を感じた。特に行き先も決めていなかったので、ただぶらぶらと街を歩く。何をするでもなく、ただただ歩く。途中でもの珍しいものを見つけると足を止めて笑う。腹が空けば、適当な店に入って飯を食う。またそして冷たい風の中をぶらぶら。普段からあまり計画を立てて行動するタイプではないものの、こうも行き当たりばったりでいいものなのだろうか。普段と違う日なのにという焦りがもやもやになり、言葉の端にトゲをつける。
「…なあ」
「ん?」
「こんなんでええの」
振り返った謙也さんは笑いながら何が?と尋ねてくる。もやもやの矛先が謙也さんに向いてしまう。のん気なこの人のために何かしてあげたいのに、この人自身に腹が立つ。
「せっかくの誕生日やのに、こんな何もない日みたいなんでええんですかってきいとるんです」
困った顔で笑いながら、謙也さんは何も言わずまた歩を進める。もやもやがいらいらになるが、仕方なく謙也さんの後ろを歩いた。少なかった口数が更に減り、ついには何も話さなくなった。次第に辺りの景色が薄暗くなり、風が一層冷たく感じる。足は馴染みの公園に向かった。人は閑散としていて、街灯の明かりがぼんやりしている。謙也さんはベンチに座り、空いた隣りを叩いた。固く冷たいベンチは体温を急激に奪う。はあ、と息を吐くと、白く曇る。謙也さんが真似して息を吐く。
「怪獣になったみたいやなあ」
この人は真剣にあほなことを言う。思わず吹き出すと、謙也さんもつられて笑い出した。さっきまでの気まずい空気が思い出し、俺は顔を俯ける。ポケットの中の手が急にひんやりしたと思えば、謙也さんが無理矢理手を突っ込んできている。冷たいやんけ。追い出そうとするも、ぐいぐいと謙也さんは手を押し込めた。
「今日はありがとうな」
急に手を止めると、俺の手の甲に被せるように手のひらを覆わせる。
「誕生日にずっと、財前とおれてよかった。いつも通り、おれて」
手のひらの力が強くなる。謙也さんの横顔は本当に嬉しそうに見えた。でも俺の何かしてあげたいエゴが、素直になる心を邪魔する。喉元まで出てきているのに、たった5文字の言葉すらうまく言えない。謙也さんは立ち上がると、俺に礼を言って立ち去ろうとした。とっさに温かい手を掴んだが、うまく口が回らず、あのそのばかりを繰り返す。もうええよ、とばかりに謙也さんは俺の頭を撫でた。今度こそ行ってしまう。言葉が出ない。難しいことじゃないのに。情けない自分にむしゃくしゃする。ありったけの勇気で手を引っ張た。唇を重ねる。歯が当たって少し痛い。目を開けると、顔まで真っ赤にした謙也さんが立っていた。
「…祝ったったで」
「…もう一回」
不意打ちは卑怯やから。頬に触れる手が熱い。二回目のキスは、おめでとうと一緒にとけた。来年もこうして俺とおってな。再来年も、また次も、ずっと。その度に俺はうまくおめでとうとは言えないかもしれないけど。