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音も無くほどける

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それは一種の呼吸だった。どこか喉に詰まっていたような、どろ、どろ、としたそれが再び流れ出した。その黄土色にひどく癒されていた。ああ、今日も飯がうまい。
「日向くん、最近何か嬉しいことでもあったの?」ごはん、美味しそうに食べるね。そう言う大山の手から食べかけのそれをひょい、と、隙あり!「あっ、ちょっとお!」うげ、サワークリームは邪道だ、そこは普通が服着て歩いてるお前らしくうすしおとかさあ、「…もう。なんかちょっと前まで、変な顔してごはん、食べてたから。」そう言った大山の目の深さに、どくり、心臓が浮く、あ、やばい。大山のこの目は、少し、責める目。(言いたくないならいいんだけどね、気付いてないと思ったら大間違いだよ。)の目だ、ぐらり、視界が歪む。ああ、やばい、喉が熱を帯びる、だめだ、ぐるり、見渡すまでもなくここは我らが校長室であり、ゆりっぺはもちろん大山野田藤巻、SSSの面子が揃っている訳で、「日向君?」わりー、ちょっとトイレ!へらり、笑えてるはずだ、いつもいつも一人でいる時にこれがきている訳ではない。いつものこと、いつものことだ、そう、トイレにフェードアウト、便座と熱い抱擁を、しなくてはいけない、のに、今この手を掴むのは白くてひんやりとした陶器ではなく、ひどく熱い、「出せよ。」、燃えるような橙、オレンジ、「ここで出せ。」、(音無くん?!おいおい、お前らほんとにコレなのか~?ちょっとお、そういう特殊なプレイは余所でやってくれるかしら?)困惑と失笑にざわつくそれらはどこかずっと遠く、その熱い橙だけがただ真直ぐに俺を掴んで離さない。お前、コレなのか?そう言ってその手を振り払ってやれればよかった、しかし大変残念なことに今口を開けばそれだけでさっき食べたうどんやらカツ丼やらが流れ出てしまいそうだった、ぐ、と唇を引き締め喉を絞める。精一杯の意思表示として引き締めた口端を上げ首を傾げて見せたがそれでも橙の熱は俺の腕を掴んで離さず、それどころかぐいぐらぐらら、と思い切り引き寄せられ、あれ俺今胸倉掴まれて、あれ、「出せって言ってんだよ。」、そういって伸びてきたその手が指が熱が頑なに引き結んでいた二つのそれを、ああ、これを零してしまったらもう戻れなくなるというのに。お前が表れて、俺を日常へ非日常へと散々引っ掻き回して、あげくこの、ずっと閉ざしていたこの口を、こじ開けるというのなら、「もう、限界だろ。」どろり、そいつの真白いシャツに流れ出したそれは果たして、非日常と日常、どちらの色だったか。

夢であってくれ、と。いつぞやのように目が覚めたら、今度は彼女ではなく彼の袖が白くなっていてくれと願った。しかし、その願いは届かなかった。彼の袖はひどく見慣れたその色に染まったままだった。その色は俺を安堵させるものであったがそれが彼に在るという不自然に頭痛がした。まぁ、一言で言えば、やっちまった。戦線メンバーみんなの前で、やっちまった、というか、やらされた、というか。思い出してみればみるほど、わからない、この男の指が俺の喉を引きずりだすかのように、実際引きずりだされたのは、引きずり出されたのは。「目が、覚めたか。」、橙がこちらを向く。感情の色は見えない。
「…ああ、わりいな。手間かけさせた。食い過ぎかなー、なんつって。」へら、笑ってみせた。だからお前も笑えよ、と圧力をかけたつもりだった、「食い過ぎで嘔吐の後に失神なんてしない。ましてや、泣きながら吐いて疲れたように眠るなんて、少なくとも俺は聞いたこと無いけど?」、嫌な奴だ。気付くのが遅かった、いや、本当は気付いていたのかもしれない、だから、こいつの前では出してはいけないと、思っていた。思っていたのに、俺から引きずり出したそれを腕に胸に貼り付けたまま、その男はそこから動かない。「それ、着替えろよ。ゲロぶっかけられたシャツ着たままなんて、まさか代えが無い訳じゃないだろ?もしあれだったら俺の貸すから。」見ていたくなかった、しかしこの男が他でもないこの俺に見せていたくて着替えてないのだという事もわかってしまっていた、ああ、「ゲロぶっかけられた俺には、二三お前に質問する権利があると思うんだけど?」、自分からぶっかかりに来た奴がよく言う。しかしそれほど横暴な男のその橙の目を真直ぐ見返す事が出来なかった時点で俺に拒否権は無かった。しょーがねえな、三つだけだからな?そう俺が言いきるのも待たずその男は叩きつける。「ひとつ、いつから?」わかんねー、多分、もうずっと前。「ふたつ、ゆりたちはこの事を知っているのか?」いいや、一度だけゆりっぺの前で吐いた事があるがそれ以降はあいつらの前で出したことは無い。「みっつ、それは俺が治す。これから先、吐く時は必ず俺の前であること。」病気だよ、日向。神経性無食欲症。病まない世界と聞いていたけど、精神疾患とは皮肉なものだな。
俺の呼吸にはっきりと名付けられたそれは、どこか全く違う世界の言葉のようだった。
作品名:音も無くほどける 作家名:きいち