おかえり
「よっし、そんじゃそろそろ寝るかー」
勢いよく立ち上がった山本は、そう言って腕を上げて伸びをした。
山本を見上げるツナと獄寺も、膝や尻を手で払いつつ立ち上がる。
「ヒバリさん、よく寝てるみたいだね」
「ったく…。ふらっとやって来て大暴れしたかと思ったら満足して爆睡かよ…!」
「まあまあ、ヒバリさんのおかげで助かったんだし」
苦笑するツナの横で、獄寺は深く眉間に皺を寄せて唇を曲げている。
ふたりとも疲労の色は隠せないが、表情は明るい。
「…山本?」
じっと見つめてくる山本の視線に気付いたツナが、首を軽く傾げる。
「ンだよ?」
同じく山本の眼を見返した獄寺は、片目を眇めた。
「んー…」
なにかを考えているような声を出した山本は、不意に腕を広げて一歩踏み出し、並んで立っているふたりをぎゅうっと抱きしめた。
「わ、や、山本、なにいきなり!」
「ちょ…っ、てめー、このバカ! 腕の力緩めろケガ人のくせに!」
「そーだよ山本、まだ全快じゃないって言ってただろ!」
もぞもぞと腕の中でもがいているツナと獄寺に口々に諌められ、山本はふたりの顔を覗き込んだ。
「心配してくれてありがとな。んでも、もう平気なのな」
にっこり笑ったが、獄寺だけでなくツナも、ちょっと不服気に山本を見上げてきた。
「…あんな大ケガしたのに、平気な訳ないだろ」
「敵の前ならともかく、ここで見栄張る必要があんのか、てめー」
そう言ったツナと獄寺は、ほぼ同時に腕を伸ばした。
ツナのてのひらは山本の頬にそっと触れ、獄寺の拳は山本の腹、臍の上辺りにとんっと軽く押し当てられた。
ふたりの顔がほんのり赤いのも、瞳が揺れているように見えるのも、焚き火のオレンジの炎が映っているせいだけではないのだろう。
「……」
腕の中の身体は、どちらもとてもあたたかい。
ゆっくりと瞬いた山本は、一旦緩めた腕に、もう一度力を込めた。今度は、ふたりともおとなしく山本の腕の中に納まる。
「ん。わりー」
ぼそっと呟いて、茶色と銀灰色の髪がふわふわと混じっているところに鼻を埋める。
よく知っている温度と匂いに、ひどく安心する。
病院で意識が戻ってから、医者の制止を振り切ってここに向かう途中もずっと、平気な顔をしながらも焦燥に追い立てられて張り詰め続けていた心のどこかが、今はじめて、ふっと解けるように緩んだ気がした。
「…あやまんなくていいよ。それを言うならオレこそ…」
「10代目はなにも悪くないっスよ。つかてめー、謝るよりも先に、オレたちに言うことあるんじゃねーのか?」
ふたりの声が耳に届く前に胸元に響いて、くすぐったい。
久しぶりの、そして欲しくてたまらなかったものを全身で感じ取り、山本は自分の中の奥のほうで飢え続けていたものがあったことを、そしてそれが急速にあたたかく満たされたことを知った。
「そーだな。ツナ、獄寺」
抱きしめたまま、一旦深呼吸する。
「ただいま」
前髪越しにツナの額に、そして獄寺のこめかみに軽く頬をくっつける。
「…うん。おかえり」
「おう。待たせやがって」
ようやく戻ってこられた自分の居場所をしっかりと抱きしめて、山本は固くまぶたを閉じた。