エナメルクラッシャー
雨が降っていた。
土砂降りだった。
警報が発令されていた。
危ないから泊まって行きなさい。そう言われたので、従った。
「綺麗な爪だよねー。塗り甲斐があるというものだ」
ベースコートの乾きを確認し、彼はピンクのマニキュアを滑らせる。
私の指を捧げ持ち、紅い瞳で愛でながら、一本一本丁寧に。
「人形みたいだね」
ソファの上で向かい合い、私は彼にされるがまま。
シンナーの匂いが鼻につく。それと、彼の香水と。
「よし、出来た。次はそっちの仕上げだ」
乾いていない左手の五枚に気をつけながら、私は黙って右手を差し出す。
彼は右手の刷毛を瓶に仕舞い、それから中指のピンクの末端にそろりと触れた。
「このまま、君をここに閉じ込めたいな」
雨が降っていた。
土砂降りだった。
警報が発令されていた。
「俺だけの、君でいてよ」
彼の唇が、私の皮膚を捕らえた。
押し当てられたそれは、冷たく乾いていた。
私は黙って、窓の外を眺めた。
遠くで雷が轟いた。ついで、空を煌めいた。
警報の解除は、当分先だろう。
「人形は嫌い」
それだけ告げるのに、私は力を使い切ってしまった。彼が、私の指を食んだからだった。
こんなに乱暴な誓いの口づけを、私は知らない。
『エナメルクラッシャー』
(大雨洪水警報、暴風波浪警報)
(それから恋の病発症警報発令中)
作品名:エナメルクラッシャー 作家名:璃琉@堕ちている途中