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消えていく

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日一日、刻一刻、頭の中から、あの世界が消えて行く。朝目が覚めて思い出せることが減っている。
「撫子さん。また、溜息つきましたね」
 円の声に我に返り、ごめんなさいと謝るのもこれで何度目か。
「映画、つまらなかったですか」
「いいえ、なかなか面白かったわ」
 そう答えながら、実のところ、内容はほとんど頭に入っていない。
「……そうですか」
 円は落ち込んだように言って、やや俯き、テーブルに載ったお菓子と紅茶のカップを。
 HANABUSAのレストランは、今日もコネで入れてもらった。周囲は小学生二人の来店に驚いているようだ。
 円を見ていると、少し思い出す。けれど、同時に忘れて行くような感覚がある。
「……円」
「はい?」
 やっと顔を上げた彼は、不安げに見えた。それが、可愛く思えてしまうのは、少し意地が悪いだろうか。
「来週は、一緒に公園に行きましょう? そろそろお花見ができるわ」
「分かりました。央の許可を取って、お伺いします」
 お兄ちゃん子は、相変わらずだけれど。二人で出掛けるつもりになってくれるだけ、彼は変わった。
「楽しみね」
 笑いかけると、円もほんのり微笑む。
 消える代わりに、増えて行くものがある。それは物悲しくて、でも、何故か温かい。
作品名:消えていく 作家名:川村菜桜