独立しても
「どうしたらええねん!」
数週間前からイライラとしてしまって手につかなくなった仕事が机の上に散乱している。それを横目でちらりと眺め、やはりやる気が起きなくてソファーに倒れこんだ。
「俺らしくもないやんかぁ。何で、何で今さら……」
きっかけは、数週間前になぜだか見てしまった夢だった。そこから思い出してしまった、たくさんの想いが、溢れた結果だった。
毎日を忙しく生きて、無意識のうちに封じてきた記憶。本当やないと胸の奥に閉じ込めた感情。
それは、親分と子分の思い出で、子分に抱いてしまった、あってはならない感情だった。
「ロヴィ……」
分かりたくなかった。自分があいつのことを恋愛の対象として見ていたなんて。
最初は子分を――自分よりも弱い者を慈しむ、親分としての愛情だった。いつからだろうか、それがいつの間にやら変化していたのは。
あいつが独立した時に感じた、胸に穴が開いたようなさみしさは、ただ子分がいなくなったさみしさやろ、って納得して、それからはあいつを対等な国として扱ってきた。つもりだった。
子分やったのに、で収まる感情ではない。男同士やろ、ですら抑えつけられない感情の発露。仕事に手が付けられなくなるには十分すぎた。
「アントーニョさん! 早よ出発せんと間に合いませんよ?」
部下が慌てた声で呼ぶ。世界会議が迫っているのだ。
「あぁ……今行くで。ちょっとだけ待ってぇな!」
世界会議を欠席するわけにもいかず、仕方なしに出かける準備をする。バックに必要な物を放り込み、そのまま外に出ようとして慌てて室内に戻った。今回はルートヴィッヒの家に集まるのでこの格好では寒いだろう。
「ロヴィ、上着忘れんかなぁ」
と思わず呟いてしまい、慌てて首を振る。振った後、誰に対して否定してるんやろと乾いた笑いがこぼれた。
会場に着くと、すぐさま一人が気付いてくれた。
「あ、アントーニョ兄ちゃん!」
「おぉ、フェリちゃん。元気やったか?」
「うん! でも、アントーニョ兄ちゃん、何か疲れてない?」
「……そんなことないで。だいじょぶや」
ふわふわ~としているように見えて、見てるところはちゃんと見てる子やなぁ、と頭をなでてやる。
「もう会議始まるみたいやし、席つこか。ほな、また休憩時間にな」
ロヴィーノの姿がこちらに向かっていることもあり、俺はさっさとその場を離れた。
「こんな気持ちのまんま、あいつに合わせる顔なんてないもんなぁ……」
はぁ、とため息をつくと、隣でぼーっとしていた(ようにしか見えない)ヘラクレスがこちらを見た。
「――ん。……どうしたの?」
「あぁ、考えごとの邪魔してもうた? そこまで困っとらんから気にせんといて」
「…………別に、大丈夫。ただ、あんまり、無理はやめた方がいい、と思う……」
「せやな。そうするわ」
そうは答えたものの、世界会議はいつも通りの流れで、俺の出番は特になさそうだった。そのため、さっきから造花を作り続けているのだが、単純作業といつものざわめきが否応なしに意識をロヴィーノの方へ引っ張る。
会議が暇になったのか、むすっとした顔であらぬ方を向いているロヴィーノ。
どうしたらええのか分からへん、とため息をこぼしてロヴィーノから目をそらした。内心は爆発しそうなくらいに感情が高ぶっている。
「じゃあ、今日はこれでお開きだな! よし、次に集まるのは――」
アルフレッドの声を聞いている余裕もなく俺は会議室から飛び出した。
「何で……何でやッ!」
訳の分からない感情に突き動かされるようにして机を蹴っ飛ばすと、机の上の書類がバラバラと落ちた。
ロヴィーノにこんなことを打ち明けても、決して受け入れられたりはしないだろう。かと言って、この気持ちを抱えたままロヴィーノに会うこともできない。
「うじうじすんなってまた怒られてまうわ……」
陰気な空気の入れ替えでもしようかと、窓に手を伸ばすと、
「そうだぞこのやろー!」
「あぁっ、兄ちゃんノックくらいしようよ!」
「うおおおっ!?」
突然の侵入者に驚いて窓の下に置いてあった内職の封筒の山を踏んづけ、足を取られてひっくり返った。
「痛たたたた……」
「アントーニョ兄ちゃん大丈夫!?」
「なーにやってんだよ、だっせー」
ロヴィーノのからかい声に、思わず反射で言葉が出る。
「ってお前がいきなりドア開けるから驚いたんや!」
怒って俺が立ち上がると、フェリシアーノが「あっ、俺用事あるからもう行くね! またね、アントーニョ兄ちゃん!」と部屋から出て行ってしまった。
部屋にロヴィーノと二人だけで取り残され、今さらのように訪れた驚きで頭がショートしそうになる。二人だけ、と認識してしまったことがさらに拍車をかけたようだ。
「え、え、」
「どもってんじゃねぇちくしょー。何だよ、会議の時こっち見てはため息ばっかつきやがって。ポジティブ思考のお前はどうしたんだよ」
「ろ、ロヴィ……何で……」
「何が何でだこのバッファンクーロ! しゃきっとしやがれ!」
と、昔のように思い切り頭突きをかましてくる。
「痛い!? 何すんねん、ロヴィーノ!」
「グッダグダ、うじうじうじうじ、見てる方が嫌なんだよ。言いたいことあるなら言えってちくしょー!」
ともう一度頭突き。昔とは違って手加減しているようだ。
「……俺が何言っても、その……変に思わん?」
こんなこと訊いてる場合とちゃうのになぁ、と思っていると、
「言ってみねーでヘンに思うかどうか分かるかよ、さっさと言え。言わないともっかい頭突きするぞ」
「――――俺、自分でもどうかしてると思うんやけどな、お前のこと、好きやねん」
うつむいて、ロヴィーノの反応を見れないまま、熱に浮かされたように俺はしゃべり続けた。
「何言ってんやろな。こんなこと言うても受け入れてくれるわけないのにな。でも、もう、お前を子分として見れへんわ。拒絶されるだけなの分かっててもな、やっぱりこのままの関係を続けられへんのや!」
「っ、アントーニョ!」
ぐ、といきなり力強く抱きしめられた。上から覆いかぶさるようにして。
「へ? え!?」
「誰が拒絶するかよっ! 俺だって、俺だって……!」
フェリちゃんが部屋の中から出ていってしまった時より混乱していた。上手く言葉が出てこない。
「ろ――ロヴィーノ、何なんこれ!?」
「ち、ちぎーっ! 鈍感なのも大概にしろっ! ず、ずっと前から、お前のこと好きだったんだよこんちくしょー!」
抱きしめた至近距離から本日三度目の頭突き。
「い、一体何なん、この急展開は……? 悩みだしたの、ほんの数週間前やで?」
「それはお前だけだ! 俺がどんだけ待ったか分かんねーだろ、さみしかったんだぞこのやろ~……」
きゅ、と俺を抱きしめる腕にも力がこもった。
「世界会議であんだけ変なお前見てたら心配になったんだよ。バカ弟も『今日のアントーニョ兄ちゃん、何か変だったね~』なんて言うから」
あぁ、この兄弟はしっかり周りを見てるんやなぁ、と今さらのように思った。
「頼れるやつなんて、お前以外にいねぇんだよ。しっかりしろよ、俺の親分なんだろ!」
腕を離したロヴィーノは、どこか泣いているようにも見えた。
数週間前からイライラとしてしまって手につかなくなった仕事が机の上に散乱している。それを横目でちらりと眺め、やはりやる気が起きなくてソファーに倒れこんだ。
「俺らしくもないやんかぁ。何で、何で今さら……」
きっかけは、数週間前になぜだか見てしまった夢だった。そこから思い出してしまった、たくさんの想いが、溢れた結果だった。
毎日を忙しく生きて、無意識のうちに封じてきた記憶。本当やないと胸の奥に閉じ込めた感情。
それは、親分と子分の思い出で、子分に抱いてしまった、あってはならない感情だった。
「ロヴィ……」
分かりたくなかった。自分があいつのことを恋愛の対象として見ていたなんて。
最初は子分を――自分よりも弱い者を慈しむ、親分としての愛情だった。いつからだろうか、それがいつの間にやら変化していたのは。
あいつが独立した時に感じた、胸に穴が開いたようなさみしさは、ただ子分がいなくなったさみしさやろ、って納得して、それからはあいつを対等な国として扱ってきた。つもりだった。
子分やったのに、で収まる感情ではない。男同士やろ、ですら抑えつけられない感情の発露。仕事に手が付けられなくなるには十分すぎた。
「アントーニョさん! 早よ出発せんと間に合いませんよ?」
部下が慌てた声で呼ぶ。世界会議が迫っているのだ。
「あぁ……今行くで。ちょっとだけ待ってぇな!」
世界会議を欠席するわけにもいかず、仕方なしに出かける準備をする。バックに必要な物を放り込み、そのまま外に出ようとして慌てて室内に戻った。今回はルートヴィッヒの家に集まるのでこの格好では寒いだろう。
「ロヴィ、上着忘れんかなぁ」
と思わず呟いてしまい、慌てて首を振る。振った後、誰に対して否定してるんやろと乾いた笑いがこぼれた。
会場に着くと、すぐさま一人が気付いてくれた。
「あ、アントーニョ兄ちゃん!」
「おぉ、フェリちゃん。元気やったか?」
「うん! でも、アントーニョ兄ちゃん、何か疲れてない?」
「……そんなことないで。だいじょぶや」
ふわふわ~としているように見えて、見てるところはちゃんと見てる子やなぁ、と頭をなでてやる。
「もう会議始まるみたいやし、席つこか。ほな、また休憩時間にな」
ロヴィーノの姿がこちらに向かっていることもあり、俺はさっさとその場を離れた。
「こんな気持ちのまんま、あいつに合わせる顔なんてないもんなぁ……」
はぁ、とため息をつくと、隣でぼーっとしていた(ようにしか見えない)ヘラクレスがこちらを見た。
「――ん。……どうしたの?」
「あぁ、考えごとの邪魔してもうた? そこまで困っとらんから気にせんといて」
「…………別に、大丈夫。ただ、あんまり、無理はやめた方がいい、と思う……」
「せやな。そうするわ」
そうは答えたものの、世界会議はいつも通りの流れで、俺の出番は特になさそうだった。そのため、さっきから造花を作り続けているのだが、単純作業といつものざわめきが否応なしに意識をロヴィーノの方へ引っ張る。
会議が暇になったのか、むすっとした顔であらぬ方を向いているロヴィーノ。
どうしたらええのか分からへん、とため息をこぼしてロヴィーノから目をそらした。内心は爆発しそうなくらいに感情が高ぶっている。
「じゃあ、今日はこれでお開きだな! よし、次に集まるのは――」
アルフレッドの声を聞いている余裕もなく俺は会議室から飛び出した。
「何で……何でやッ!」
訳の分からない感情に突き動かされるようにして机を蹴っ飛ばすと、机の上の書類がバラバラと落ちた。
ロヴィーノにこんなことを打ち明けても、決して受け入れられたりはしないだろう。かと言って、この気持ちを抱えたままロヴィーノに会うこともできない。
「うじうじすんなってまた怒られてまうわ……」
陰気な空気の入れ替えでもしようかと、窓に手を伸ばすと、
「そうだぞこのやろー!」
「あぁっ、兄ちゃんノックくらいしようよ!」
「うおおおっ!?」
突然の侵入者に驚いて窓の下に置いてあった内職の封筒の山を踏んづけ、足を取られてひっくり返った。
「痛たたたた……」
「アントーニョ兄ちゃん大丈夫!?」
「なーにやってんだよ、だっせー」
ロヴィーノのからかい声に、思わず反射で言葉が出る。
「ってお前がいきなりドア開けるから驚いたんや!」
怒って俺が立ち上がると、フェリシアーノが「あっ、俺用事あるからもう行くね! またね、アントーニョ兄ちゃん!」と部屋から出て行ってしまった。
部屋にロヴィーノと二人だけで取り残され、今さらのように訪れた驚きで頭がショートしそうになる。二人だけ、と認識してしまったことがさらに拍車をかけたようだ。
「え、え、」
「どもってんじゃねぇちくしょー。何だよ、会議の時こっち見てはため息ばっかつきやがって。ポジティブ思考のお前はどうしたんだよ」
「ろ、ロヴィ……何で……」
「何が何でだこのバッファンクーロ! しゃきっとしやがれ!」
と、昔のように思い切り頭突きをかましてくる。
「痛い!? 何すんねん、ロヴィーノ!」
「グッダグダ、うじうじうじうじ、見てる方が嫌なんだよ。言いたいことあるなら言えってちくしょー!」
ともう一度頭突き。昔とは違って手加減しているようだ。
「……俺が何言っても、その……変に思わん?」
こんなこと訊いてる場合とちゃうのになぁ、と思っていると、
「言ってみねーでヘンに思うかどうか分かるかよ、さっさと言え。言わないともっかい頭突きするぞ」
「――――俺、自分でもどうかしてると思うんやけどな、お前のこと、好きやねん」
うつむいて、ロヴィーノの反応を見れないまま、熱に浮かされたように俺はしゃべり続けた。
「何言ってんやろな。こんなこと言うても受け入れてくれるわけないのにな。でも、もう、お前を子分として見れへんわ。拒絶されるだけなの分かっててもな、やっぱりこのままの関係を続けられへんのや!」
「っ、アントーニョ!」
ぐ、といきなり力強く抱きしめられた。上から覆いかぶさるようにして。
「へ? え!?」
「誰が拒絶するかよっ! 俺だって、俺だって……!」
フェリちゃんが部屋の中から出ていってしまった時より混乱していた。上手く言葉が出てこない。
「ろ――ロヴィーノ、何なんこれ!?」
「ち、ちぎーっ! 鈍感なのも大概にしろっ! ず、ずっと前から、お前のこと好きだったんだよこんちくしょー!」
抱きしめた至近距離から本日三度目の頭突き。
「い、一体何なん、この急展開は……? 悩みだしたの、ほんの数週間前やで?」
「それはお前だけだ! 俺がどんだけ待ったか分かんねーだろ、さみしかったんだぞこのやろ~……」
きゅ、と俺を抱きしめる腕にも力がこもった。
「世界会議であんだけ変なお前見てたら心配になったんだよ。バカ弟も『今日のアントーニョ兄ちゃん、何か変だったね~』なんて言うから」
あぁ、この兄弟はしっかり周りを見てるんやなぁ、と今さらのように思った。
「頼れるやつなんて、お前以外にいねぇんだよ。しっかりしろよ、俺の親分なんだろ!」
腕を離したロヴィーノは、どこか泣いているようにも見えた。