親分が日本の苦学生
自宅外通学だと奨学金も多めに貰えるんやけどな、家賃とか生活費とか考えると、やっぱり通いの方がお得やってん。
既に授業料の援助も受けているスペインは、学ランがださいと評判の、少し遠い公立高校にわざわざ自宅から通う理由をからから笑ってこう話す。授業料を除いたって、学生という身分に対して金が必要な機会なんて山ほどある。だからスペインは高校ではない所からも奨学金を借りてる上に、出来うる限りのアルバイトをつめていた。
それでどうにかなってるんだからすげえもんだな、とスペインの幼なじみであるロマーノは考える。奨学生であるためにも授業料の免除を受け続けるためにもスペインには常に一定以上の成績が要求されていて、スペインは毎回の審査をいつもぎりぎりのラインでクリアしていた。継続審査の時期は胃がきりきりするわあ、とはスペインの談である。平均的な高校生より明らかに長く働き、それでいてそこそこ以上に勉強をこなし、その上幼なじみにかまけている。それがスペインという男だった。
さて一方でロマーノはと言えば、特別貧乏ではない家庭に生まれ、アルバイトもしていないという、「普通の高校生」を具現化したような男だった。そんなロマーノとスペインを世間的に結びつけているのは、幼なじみであるということと同じ高校に通っているということだった。幼い頃から一緒に遊び回っていた二人は幼稚園から高校まで同じ、そしてその上――恋人同士であった。
うだるように暑く、そしてスペインのアルバイトが突然に無くなったという珍しい日だった。学校の帰り、ロマーノはスペインの家に上がり込んだ所だった。玄関を開けたらそこがダイニングキッチンという間取りのスペイン宅である。ドアの鍵を開けたスペインに促されるまま家の中に入って靴を脱ぎ、扇風機の前に向かいながら鞄を床に落とした所で、
ロマーノはスペインに押し倒された。
とっさに何もすることが出来ず、ロマーノは板張りの床を背中にもろに受けた。呻く間もなく覆い被さってきたスペインに口を塞がれた。もちろんスペインの唇で、である。
熱い舌がロマーノの中に入り込んできた。ただびっくりして動かすことを忘れていたロマーノの舌を、促すようにスペインはつつく。それでもロマーノはスペインに応えない。暑いからせめて扇風機をつけさせろ、そう言うつもりでロマーノはスペインに応じなかったし、あまつさえ少し抵抗すらして見せた。だが、スペインの方こそそれに応じない。ロマーノに応える気がないと見るや唇を一旦離し、間髪入れずに今度はリップ音付きでキスを落とし始めた。
ちゅ、ちゅ、と唾液で湿った音がする。ロマーノが肩を叩いても全く意に介さない。それどころか逃げようと傾けたロマーノの頭を固定するため、髪の間に指を通して来る始末だ。髪を梳かれ項をなぞられ、その間にも今度は唇が舐められたり噛まれたりしていて、ロマーノは一度ぶるりと震えた。
スペインの家の窓は北向きで、今の時刻では日はろくに入ってこないので薄暗い。それでもこの部屋の中にはむっとする熱気が満ちている。
ぴちゃん。蛇口から水の滴る音がする。ロマーノはそれをどこか遠くに聞いた。
スペインがようやくロマーノの唇から離れた。まっすぐロマーノを見据える瞳に、ロマーノは何も言えなくなる。その隙にスペインはまた顔を落とし、今度はロマーノの首筋に舌を這わせた。
「 」
逸らした喉から空気が漏れた。ひくりっ、と、ごまかしようもないほどにロマーノの全身が震えた。ぺろ、ぺろ、と少しずつ少しずつスペインは舌を動かす。汗を舐められているのだと気付いてロマーノは泣きそうな気持ちになった。止めたい、止めなければならないのに、教え込まれた動きが否応無しに体の芯をうずかせ、ロマーノの抵抗をとどめていた。ロマーノが体の横で握り込んでいた拳にまでスペインは手を伸ばし、指をほぐして自分の指に絡めさせる。繋がされた手はずりずりと動かされ、結局ロマーノの顔の横の辺りにまで持って行かれてしまった。
最後にロマーノの喉仏をかぷんと甘噛みして、スペインは唇を離してロマーノの顔を覗き込んだ。
「い、っきなり、何すんだっ」
真っ赤な顔でロマーノは怒鳴る。ただし低めた声でだ。ここは壁が薄いのである。
スペインは再び距離を詰め、唇と唇がくっつきそうな近さで、同じように声を低めて言った。
「今日、親両方とも帰って来んねん」
スペインの言葉にロマーノは目を見開いた。その拍子にこぼれ落ちそうになった涙さえも、スペインは愛おしげに唇を寄せてちゅっと吸い取る。ロマーノの視界にスペインの首元が写った。ワイシャツのボタンはいくつか外れている。その隙間から覗く、スペインの胸板。肌身離さず身に付けている十字架の鎖。喉仏からワイシャツの隙間に垂れていく汗。
ロマーノはごくりと唾を飲んだ。ぎゅっと口を閉じて、答える代わりにスペインの首に腕を回す。耳元でふっとスペインの笑う気配がした。
キスを繰り返し、時折視線を絡ませ合う。薄暗い部屋の中でも分かるほどにぎらぎらとしたスペインの目が、これから始まる行為をロマーノに思わせた。