メジロのお花見
そよそよ
ときどき ざああ
3月半ばの公園はまだ少し肌寒い。
「なー音無ーなんで今なわけ?まだ桜咲いてねぇんだけど」
3歩先をすたすた歩くこの男は、自分の信念を何がなんでも曲げない男。
今日は突然花見にいくぞと言い出した。
その時俺は寮の部屋でゴロゴロしてて、日差しの暖かさに幸せを感じながらうとうとし始めていた。だから俺は断った。断ったんだ。また今度なって。
なのに。
「いい天気なのに部屋でゴロゴロしてるなんて勿体無いだろ」
確かに天気のいい日に外出したくなる気持ちはわかる。
だけどまだ肌寒いし、風の吹かない部屋の中で、太陽の恩恵だけを受けてぬくぬくしていたほうが気持いいじゃないか。
ちょっと不貞腐れているのもあって、音無の横ではなく後ろを歩いている。
いつもは隣を歩いてるのに。
はたから見れば「お前のことなんて気にしてないんじゃねーの?」って思われるかもしれない。
でも俺はわかってる。
後ろを振り向かずに先を歩ける。
それは俺がちゃんとついてきてることを信じてくれているからだ。
「着いたぞ」
音無に遅れてたどり着いたそこは、右手に濃い目のピンク、左手に白が咲き乱れる場所だった。
「桜はまだだけど、梅はもう咲いてるんだよ。梅を見るのもいいだろ?」
確かに、花見といえば桜が定番だが、何も桜じゃなくたっていいかもな。
実際花見なんかしても花より団子だ。この際花がなんだろうといい気がする。
音無が芝生に横になるのにならって、俺もその隣に横になる。
真っ青な空には雲が少し漂っている。
さああ
時折聞こえる風の音と、小鳥のさえずり。
「こんな時期じゃ誰もいねーなー…」
「だから来たんだろ」
ふーん、そういうことか。
「…なぁ音無、寒くねぇ?」
「ああ、少し寒いな…」
「もうちょっとそっち行ってもいいか?」
「どうぞ?」
俺は音無にぴったり寄り添う。
これでいいんだろ?
俺は音無で、音無は俺で、暖をとる。
触れている面積なんて大したもんじゃない。
それでも俺の顔は火照っていた。
ちちちち
名前も知らない鳥が開いた花をついばんでいる。
それはまるで強引で一方的なキスのようで、
それでいて反動で震える花は、それを求めているようで、
ふと隣の音無を盗み見る。
音無の唇を。
そよそよ
優しい風が花びらを揺らす。
それはまるで優しく触れる指のようで、隣の音無を――
盗み見ようとしたら目の前にいた。
間近に迫る少し赤みがかった茶色の瞳に一瞬気圧される。
驚きの言葉は音無の唇によって遮られ、すぐに開放された。
「物欲しそうに見てただろ」
「そんなつもりで見てたんじゃねーよ!」
「へぇ?でも見てたんだ?」
「っ!?」
ああ、その顔。意地悪いったらありゃしねぇ。
いつしか俺は音無の腕の中で、うとうとし始めていた。
近くでは音無の心地良い寝息が聞こえる。
さらさら
そよそよ
3月半ばの公園はまだ少し肌寒いけど、
心地良い風と、心地良い体温を感じるにはちょうどいい寒さなのかもな。