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新セル前提静セルで掌編

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好きである、ということの意味を、セルティは未だに測りかねている。新羅のことは大事だ。このままの生活が続けば、おそらく伴侶になるのだろうと思う。けれどそれこそが好きであるということかと、そう問われれば、にわかには答えられないような気がしていた。
 池袋の街の明るいところなら、それなりに多くの子供達がいる。子供はよく人形やぬいぐるみを抱えている。あるいは子犬や子猫を抱えている。胸元にぎゅっと抱きしめ、頭を撫でて、いいこいいこ、大好きだよと幸せそうに呟く。
 あれが好きということなのだろうか。
 幼い子の満ち足りた笑顔を見て、セルティは思った。
 自分は新羅にたいしてあんなふうにしたいとは思わない。する必要がない。ああしたいと思うのは誰だろうか、そう考えたら、やがてひとりの友人の顔が浮かんできた。
 子供が人形を抱きしめるのと、親が赤ん坊を抱きしめるのとは、よく似ている。前者は後者を模したものなのであろうとセルティは推測する。むずかって暴れる子供は、ああして抱き締められると、程なくしておとなしくなり、穏やかな寝息を立てはじめる。公園のベンチで休息する親子の様子を眺めていると、セルティもまた、不思議と安心した気持ちになるのだった。
 あんなふうにしたら、彼もすこしは気を休めてくれるのではないか。
 それは悪くないアイデアのように思えた。だからセルティはある日静雄を抱きしめてみた。金色の頭を乳房のうえにそっと休ませて、二度三度、優しく撫でてみた。
 しばらくしてセルティが手を離すと、静雄は煙草をつけてそっぽを向いてしまった。
 「なんだよ」
 少し怒っているような声を出した。
 気を悪くさせてしまった、とセルティは思う。子供のような扱いを、不愉快に感じたのかもしれない。静雄がそういった理由で腹を立てることは十分にありそうに思えた。
 それでセルティは慌ててPDAを打ちはじめた。
 「すまない、嫌だったのなら謝る。もうしない。馬鹿にしていたわけじゃないんだ、こんなことをしたのは、ただ」
 その先を打とうとしてセルティは迷い、指を止めた。ただ、好きだったから、だろうか。それも何か違う気がして、セルティは、必死に言葉を探った。
 「ただ、私は、お前を心配しているんだ。それだけなんだ」
 PDAの画面を後ろから眼前に回してやると、静雄はこちらに背を向けたまま、呟いた。
 「別に怒ってねえよ」
 振り返った静雄はしかし、まだ難しげな顔をしている。セルティが言葉を続けようとして再びPDAに目を落とすと、俯いた頭に、静雄の右手が伸びてきた。
 そのまま二度三度、そっと撫でられる。
 セルティは頭を上げた。静雄は吸い殻を足で踏みつぶし、ポケットに両手を突っ込んで、ぶらぶらと去っていってしまった。
 セルティの胸の内に名前のつかない感情が湧いていた。新羅がためらわず殴り飛ばしたヘルメットを、静雄は腫れ物でも扱うような繊細さで撫でた。それはなんだか妙におかしくて、奇跡のようなことにも感じられて、不思議なくすぐったさを、セルティは味わっていた。
 セルティは独り言を言わない。考えを思わず洩らしてしまう口を持たない。独り言のようなものはいつもセルティの心の中だけで呟かれて、他の誰もそれを知ることはない。
 いまセルティは独りきりで、誰とも話をする必要がない。それなのに、手の中のPDAをじっと眺めている。なにか、自分のための言葉を探ることが、必要であるような気がしていた。セルティの指は何度もキーボードの上を滑り、落ち着くところを見つけられずに、うろうろしていた。
 (新羅に、)
 新羅に話をすればその言葉が見つかるだろうか。わからなかった。
 その夜のパソコンの画面の中で、セルティは不思議と、いつにもまして寡黙であると、新羅は思った。
作品名:新セル前提静セルで掌編 作家名:中町